代表的な根付作者【2016年買取・新着情報】

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代表的な根付作者

2016.6.28

代表的な根付作者


根付とは、印籠や煙草入れなどを着物の帯から腰に提げる際に、紐の端につける留め具です。今でいうキーホルダーやストラップのような存在で、戦国時代を経て、安泰の時代であった江戸時代に大流行しました。

当時、根付は大名や武士だけでなく、商人・町人など庶民の男性まで流行し、皆それぞれがお気に入りの根付を持っていたといいます。


幕末までの着物の時代に大流行した根付を手掛けた作者の総数は、有名な作者だけでも相当な人数になりますが、資料不足もあり調査も困難とされています。

「netsuke」の著者Albert Brockhausは、ヨーロッパで最も評価の高いと認められる作者として、吉村周山、三輪、一貫、正直、友忠、出目右満、出目上満らをあげています。また、明治時代の歴史学者・横井時冬は、小笠原一齋、野々口立圃、清兵衛、岷江らを最も傑出した根付作者としてあげています。

さらに、第1次世界大戦後から第2次大戦前にかけて、日本の経済界を牽引した大実業家・郷誠之助が、根付の海外流出を憂えて買い集めた作品(郷コレクション)の中には、法實、長井蘭亭、牛加、三浦乾也といった根付師が含まれています。ここでは、上記の代表的根付作者の中から、ピックアップして評伝を紹介します。


吉村周山・よしむらしゅうざん

江戸中期の大阪の根付師。周次郎、之盛と称した。狩野探幽の門人である充信に絵を学び、法眼を称し、余暇に根付を彫って名人と称された。根付は檜の古材に彫刻をほどこし彩色を加えた奇想の作風で知られる。銘は彫らず、周山を模倣する者が多かったが、彼に追随する作品をつくることができる者はいなかったとされる。弟子の九郎兵衛が自ら周山二代を名乗って、周山と銘を彫ったとされる。


長井蘭亭・ながいらんてい

出雲出身で寛政年間(1789~1800年)に活躍した名工。長井と称して、京都に住して活躍する。牙彫や動物・花鳥・人物を得意とし、繊細な彫りの技に優れていた。後に法橋に叙せられた。


出目右満・でめすけみつ、出目上満・でめたかみつ

江戸時代中期の能面師・出目寿満の息子である出目右満は、二郎太夫と称し、本業の能面師の余技に仮面根付をつくった。銘に天下一を用いた。振り仮名には“うまん”が用いられることもあった。出目上満は、出目寿満の実弟で、仮面根付を彫り、弟子出目家四代を継ぐ。  


牛加・ぎゅうか

享和元年(1801年)美濃国岩村城下に生まれ、三井寺玉林院の僧を務め、文政二年(1819年)より桂宮に仕えた後、円山派の絵を学び、清泉と号し、子奉と称した。後に宇治の上林家の養子となり、上林景命と称し、楽只軒と号した。そして幕府より茶師としての家督相続を許され、牛加と改号した。天保十四年(1843年)に徳川将軍家への内の土産の献上品の製作を求められ、茶の古木を用いて茶摘み女の人形根付を彩色して納めたところ、これが評判となった。


法實・ほじつ

生年は明らかではないが、江戸幕府御用人の家に生まれ、幕府御用の細工人の傍ら、津軽藩のお抱え根付師でもあった。饅頭根付、形彫り根付の人物を得意とし、東都第一の根付師と称えられた。贋作も多く、確かな作品は極めて少ないとされる。


一貫・いっかん

江戸時代嘉永(1848~1854年)頃に活躍した有名な木彫師。張府一貫とも号した。人物、虫、獣の木彫りを得意とした。


三輪・みわ

江戸における根付製作の開拓者といわれた。壊れやすい檜を避け、桜を用い、紐通しの孔の回りを角や象牙で囲って強固にした。題材は日本の伝統的なものが多い。


野々口立圃・ののぐちりゅうほ

文禄四年(1595年)に生まれ、絵を狩野探幽、俵屋宗達に学び、俳諧を松永貞徳、和歌を烏丸光広、書は尊朝親王に学び、根付を彫る。家業が人形を商っていたことから、雛人形もつくったが、「根付の彫刻はこの人より創まる」と称えられた。

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