高村光雲のお買取りいたします【2017年買取・新着情報】

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新着情報

高村光雲のお買取りいたします

2017.7.2

高村光雲のお買取りいたします

 


こちらは、幕末から昭和の動乱の日本で活躍した彫刻家(彫師)の高村光雲の作品です。

 

 重要文化財に指定されている『老猿』で高村光雲の名前を知っている方が多いでしょう。


 



只今いわの美術では、高村光雲の作品のお買取りに力を入れています。

 ご売却を検討中の方がいらっしゃいましたら、いわの美術にお問い合わせください。


高村光雲について

師:高村東雲(仏師)

息子:高村光太郎、高村豊周(人間国宝)

弟子:平櫛田中、山崎朝雲

時代:嘉永5年~昭和9


 日本彫刻の歴史において重要な人物で、木彫に西洋的な写実主義を持ち込み、日本の彫刻の近代化を図った人物として名高いです。

 

 高村光雲が生まれたのは江戸時代末期の動乱の時代でした。また、明治維新以後の廃仏毀釈の影響や西洋の彫刻文化の流入により、木彫は衰退していました。

 しかし彼はこの厳しい状況下で、西洋の写実性を積極的に取り入れ、新たな木彫の可能性を示し、再び木彫を盛り上げていきます。

 

 高村光雲は、木彫以外にも他の作家たちと協力して歴史的な偉人の銅像の制作もしていました。上野公園にある西郷隆盛像、皇居前の楠木正成公の銅像などです。西郷隆盛像は、西郷隆盛を高村光雲、犬を後藤定行が作りました。楠公像は、高村光雲が制作主任を務め、山田鬼斎石川光明後藤定行岡崎雪聲、と共に10年の歳月をかけて作りました。

 晩年には、金剛峯寺の本尊、薬師如来像をつくる大仕事を成し遂げるなど、精力的に活動しました。

  

 <略歴>

1852年 江戸下谷(現・台東区)に生まれる

1863年 高村東雲に弟子入りする

1889年 東京美術学校(現・東京藝術大学)に勤務

1890年 帝室技芸員(帝室からの栄誉)に任ぜられる

1893年 シカゴ万国博覧会で『老猿』が優等賞を受賞

1900年 パリ万博に『山霊訶護』を出品

1934年 逝去 82歳




高村光雲の作品について~写実性と『こなし』

 高村光雲の作品は西洋の写実性に影響を受けていますが、西洋の写実的な造形とは似て非なるものでした。

 例えば、『老猿』の毛並みでいうと、日本猿のありのままを表現するのであれば直毛のはずが、高村光雲の作品の猿はうねった毛並みです。

 

 これは高村光雲の写実的視点が乏しかったのではなく、彼の制作の根底にある『こなし』という彫師職人の流儀のようなものがあったためでした。

 『こなし』とは職人の専門用語で大きな造形骨格をとることを言います。西洋の写実的な視点に習いながらも、それを実践し形にするときには修行で培った職人技で彫っていったのでした。

 西洋の彫刻でもなく日本の既存の木彫とも違う新たな彫刻美を見出したことが、国内外からの賞賛を得た理由なのかもしれません。


高村光雲の彫刻のお買取りについて

 高村光雲は、仏像、動物、偉人などさまざまな彫刻作品を作っています。その中でも、観音菩薩像不動尊などは、中古市場で特に人気が高く高価買取が期待できます。

 観音菩薩像に関しては、さまざまな種類のものがあり、HPのお問い合わせフォームからお写真を送っていただくとより詳細な金額のご提示が可能です。


 高村光雲の作品のお問い合わせの際は、モチーフ大きさ材質(木、銅、銀...)、共箱の有無などをお伝え頂けると査定がスムーズに進みます。

 

 また、いわの美術では高村光雲以外の彫刻家の作品のお買取りも行っております。

 お引越しや、遺品整理などで処分を考えている彫刻作品をご売却をお考えの方がいらっしゃいましたら、いわの美術にご連絡ください。

 

 <その他対応作家>

平櫛田中高村豊周山崎朝雲藪内佐斗司 など

 

彫刻のお買取りについてはこちら~


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