横尾忠則のシルクスクリーンのお買取り致します【2017年買取・新着情報】

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新着情報

横尾忠則のシルクスクリーンのお買取り致します

2017.10.14

 横尾忠則のリトグラフのお買取り強化中! 

                                      

 


現在 いわの美術 では、ポスターなどのグラフィックワークを手がけてきたことで知られている芸術家・横尾忠則の版画作品の買取を強化致しております!


版画の枠を越えた独創的な作品が有名な作家です。The Happenings Fourや浅丘ルリ子のCDジャケットなども数多く手がけているため、横尾忠則の作品を一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

 怪しい雰囲気漂うサイケデリックなポップアートは一度目にしたら忘れられないような衝撃を受けます。


そんな1960年代のデザインを牽引してきた横尾忠則の作品のご処分をお考えでしたらぜひ一度いわの美術にお問い合わせください!専門の査定員が大切なお品物を拝見させていただきます。



 横尾忠則について 

                                      

 

<… 横尾忠則の略歴 …>



横尾忠則は1936年兵庫県多可郡西脇町(現・西脇市)に生まれました。

2歳頃に呉服商を営む叔父夫婦の養子となった横尾は、5歳のときには日本画家・石井滴水の絵本の模写をしていたそうです。絵に強い興味を抱いていた横尾は小学校へ上がると漫画を描くようになり、毎月のように学童舎出版の月刊誌『漫画少年』に漫画を投稿していました。

幼少期に第二次世界大戦を経験した横尾ですが、無事に戦禍を逃れ1952年に高校に入学し、通信教育で絵を学び油絵やポスターの制作を始めました。

1954年18歳の頃には兵庫県主催の絵画展に油絵を出品し、数多くの賞を受賞していた横尾は翌年武蔵野美術大学への受験を一度は考えますが、郵便局員として勤務する傍ら趣味として絵を描きたいと考え受験を断念。

しかし結局は地元の印刷所に入社し包装紙のデザインやポスターデザインを手掛けグラフィックワークを仕事とすることになりました。


その後も転職を繰り返しながら1958年22歳の頃に新人の登竜門といわれる第8回日本宣伝美術会展で奨励賞を受賞し会員に推挙されます。

1960年に上京した横尾は日本デザインセンターに入社しました。

1965年東京・銀座の松屋で横尾を始め宇野亜喜良や田中一光など日本を代表するデザイナー11人を中心としたグループ展「ペルソナ」に参加します。

このグループ展はわずか6日間で3万5,000人を動員したことで大きな話題になりました。

このような活動の中で寺山修司、篠山紀信、三島由紀夫などと出会い、後に共に仕事をする仲となります。


1969年には第6回パリ青年ビエンナーレ展版画部門でグランプリを獲得し、翌1970年に大阪万国博覧会「せんい館」のパヴィリオンのデザインを手がけた横尾ですが、当時のモダニズムを志向していた日本のデザイン界では異端視されていました。

しかし、横尾の才能は海外で認められることとなります。

1972年にアメリカ・ニューヨークの現代美術家ポスターを扱う「ポスター・オリジナルズ・ギャラリー」で作品を展示したところニューヨーク近代美術館「MoMA」が全点買い上げることとなりました。

さらに驚くべきことに当時海外では無名であった横尾のポスターはアメリカのポップアートの巨匠であるアンディ・ウォーホールの作品とほぼ同額の値がつけられたのです。

 

アメリカでの経験やインドを繰り返し訪れる中で横尾の価値観は次第に変化してゆきます。

1981年「画家宣言」をし、画家としての活動に専念することとなった後は、海外のビエンナーレに多くの作品を出品し、1995年に毎日芸術賞を受賞。

2001年にこれまで功績が認められ、芸術分野での功労者として紫綬褒章を授与されました。

その後も国内外で個展を開催するなど活発な制作活動を展開します。2011年には旭日小綬章と朝日賞を受賞しました。現在も精力的に活動を行っています。

 

<… 安横尾忠則の作風 …>

イラストだけでなく油絵、絵画、版画、写真、立体など様々な技法を用い、幅広い作風で活動した横尾忠則はショッキングな作品を多く制作しています。


極彩色とデフォルメされた人間が特徴的で、視覚的暗喩やコラージュなどの手法を複数用い独自の作風を築きました。


「外側から受ける刺激よりも、自身の内側を見つめることが描くテーマとなりうる」という考えから10代頃の体験をベースに同じモチーフを繰り返し描くスタイルをとることも特徴的です。


人間の心や魂などを表現するため少年時代を回想してはインスピレーションを得、直感的に同じモチーフを繰り返し描き、細かなところを少しずつ変化させて描き直すことで新たな発見を見出しています。 

この反復の作品では1966年頃に制作された「ピンクガールズ」や、2000年から制作された「Y字路」シリーズが代表的です。


そして、横尾の作品に共通するのは「死」の概念です。

横尾が国内で注目を浴びるきっかけとなった1965年開催のグループ展「ペルソナ」に出品した『Made in Japan, Tadanori Yokoo, Having Reached Climax at the Age of 29, I Was Dead』でも作品中央で首をつっている横尾の姿が描かれています。


横尾は良い絵は「自由な絵」だといい、それは人間の煩悩を全て取り払った身軽な状態でこそ描けるものだと考えています。

そのため、自分を死んだ人間と仮定し死の側で客観的に生を思考することで自身の生への執着や欲望といったものを吐き出すために絵や文章を書くそうです。

横尾の作品のテーマに戦争、性、死、宗教などが扱われるのはこのためかもしれません。

少年のような遊び心と独特の死生観により作品は唯一無二の存在感を放っています。




 横尾忠則のリトグラフのお買取りについて 

                                      


現在いわの美術では横尾忠則の作品のお買取りに力を入れています!

独自の作風を築き、日本のポップアートシーンを駆け抜けた横尾忠則の作品は、中古市場でも人気のお品物なので高額でのお買取りが期待できるお品物です。中でもクロムハーツとのコラボレーション版画や肉筆油彩画などが人気のお品物となっています。

横尾忠則の作品買取に関するご質問・ご相談はお電話、メールもしくは、LINEにて受け付けております。

 

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