江戸時代に摂津国(大阪府)で活躍した刀工で、
通称「甚之丞」とも称しています。
摂津国打出村(大阪府芦屋市)に生まれ、
「ソボロ助広」として有名である「初代助広」の養子となりました。
助広から作刀技術を学んだ後に
22歳で独立し、「越前守」を受領を受領しました。
技術を遠江国(静岡県)浜松藩の藩主「青山宗俊」に認められ、
以後はお抱え鍛冶として活躍を続けました。
同時期に活躍した「虎徹」とは「東西の横綱」、
二代目和泉守国貞である「井上真改」とは「大坂新刀の双璧」など
数ある刀工の中でも「名工」として賞賛され続けています。
銘は「津田越前守助広」と切っていますが、
作刀した年齢によって津田の「田」文字の書体が異なっています。
津田越前守助広が作刀した刀の中に「村雨」という刀が存在しますが
妖刀として有名な村雨とは別物です。