王一亭の作品を買取ります
王一亭は清朝時代の末期から中華民国の始まり頃で活躍した書画家で、実業家・政治家・銀行家などの様々な一面も持ち合わせていた事で知られています。
その中でも中国同盟会にも参加した革命派の人物としても知られ、この中国同盟会は清時代末期に孫文らにより結成された政治結社で、孫文を中心に清朝打倒を目指す革命運動の指導的役割を担った団体でした。
そんな王一亭の名は「震」ですが、字(あざな)の「一亭」で知られ、号は「梅花館主」「梅雲楼主」「白流山人」があります。
字とは昔の中国で成人男性が実名以外につけたあだなのようなもので、号は画家・文人・学者などが本名の他につける名前で、王一亭は手掛ける作品によって字や号を使い分けていました。
王一亭は実業家として活躍する一方で、書画への関心が深まり、任伯年や呉昌碩に師事して絵を学びます。
その中でも呉昌碩は師でもあり、友人でもありました。
また、四大家の一人である呉鎮にも師事し、山水画を極め、自然、人物、花鳥、仏教などあらゆる題材を得意とし、書画家として活動をしています。
晩年は仏画を好んでいましたが、古い因習に捕らわれない画風で、意欲的な表現の作品を数多く描き、画を売って得た所得はほとんど慈善事業に寄付していたそうです。
この他にも太虚大師と上海で中国仏教会を設立し、執行委員兼常務委員を任され、仏教学出版社の理事長、世界仏教居士林の副林長、林長を歴任するなど、書画の世界でも活躍を見せています。
王一亭の作品は、商売を通じて日本にも多くの友人がいた事から多くの作品が日本にも残っており、コレクターであればその名を知らない者はいないほど有名です。
また、関東大震災の時にはいち早く上海での救護活動を起こすなど、日本との関わりが深い書画家の一人です。