誉田屋源兵衛(ごんだやげんべい)は創業260年を超える帯問屋の老舗で、織り・染めの高い技術力で知られています。
伝統の技を高めつつも新しい帯を求め、10代・山口源兵衛は卸中心の商売から自分のイメージを大切にした物づくりの問屋として誉田屋源兵衛の方向性を変えました。
新たな価値観を備えた帯作りをしているかたわら、誉田屋源兵衛の名に恥じない職人の育成にも尽力しており、60歳を超えてやっと誉田屋の認めた帯職人となれるきびしい基準を設けています。
また、誉田屋源兵衛は西陣織の帯問屋ですが、自社ブランドとして帯を展開しているため、西陣織工業組合に加盟しておらず、西陣織の証紙は持っていません。
そんな誉田屋源兵衛は元文年間に初代・矢代庄五郎により、「南矢代誉田屋」として創業しました。
当時は西陣の大火災後の復興に尽力し、7代目の時に西陣帯地大元卸商として「横綱」の称号を得るまでとなりました。
その後、10代目の時に大きな転機を迎え、全国の貴重な原始布で帯を制作するようになり、インド、東南アジアの野蚕糸を用いるなど素材の価値を中心とした個展を開催するようになります。
また、世界的に活躍する画家・松井冬子との企画展も開催され、松井冬子の絵を織り込んだ帯の制作を行った事も注目を浴びています。
精神的なハングリーとイマジネーションで誉田屋源兵衛の10代目が放つ独自の世界観は海外からも注目されており、パリやミラノの一流デザイナーも誉田屋源兵衛を訪問しています。