九代 岩野 市兵衛 重要無形文化財『越前奉書』保持者 旭日小綬章
ルーヴル美術館が世界最高の修復用紙として探し当てた越前奉書の人間国宝です。
現代のアニメや映画のキャラクターがアートとして表現される時、奈良時代から変わらぬ製法の越前奉書が圧倒的な支持を受けています。
九代・岩野市兵衛
九代・岩野市兵衛は1933年に福井県で手漉き和紙の越前奉書を家業とする家に生まれます。
その年の初めに七代が亡くなっており、1941年に父親が八代・岩野市兵衛を襲名し後に人間国宝となりました。
本当は版画の彫師に憧れていた九代・岩野市兵衛は、小学生5年生の時に出兵していた父親がシベリア勾留となり、人手が足らなくなった家業を手伝いそのまま越前奉書の道に進むことになります。
雑用などは小中学生でもできるのですが、実際に紙を漉き始めたのは25歳頃、『紙出し』と呼ばれる撹拌して不純物を洗い出す作業に関しては、父・八代・岩野市兵衛は晩年まで任せてくれなかったそうです。
作業で一番時間を費やすのは漉く前の紙料の塵取りで、家族総出で5日間塵取りを行ってやっと1日分の漉ける紙料となります。
作業は前屈姿勢を継続して、冬場でも湧き水に手を浸し続けることから非常に辛く、更にどんな微塵な塵も取り除くには長年の経験と勘が必要です。
古くからの手漉き和紙の家業は、煮熟などの力仕事は男、紙漉きは女、と分業されており、九代・岩野市兵衛は「家族ぐるみの仕事で、一人でできるものではない」「私の紙ではなく家族の紙です」と語っています。
父・八代・岩野市兵衛からはよその紙漉きを見ることを禁じられ、誤魔化さず、欲も得も捨てて心で漉くことを受け継ぎ、「親を超えたとは思わない。でも同じくらいに漉いているのではないかと思います」と語る九代・岩野市兵衛は人間国宝に認定され、親子2代続いての人間国宝となりました。
現代の越前奉書
越前奉書は元々は室町時代の幕府の公文書用紙で、一般人には手の届かない最高級紙でした。
戦後は父・八代・岩野市兵衛が開拓した浮世絵や現代版画の木版画紙として、驚異的な耐久性と色彩が経年変化しない保存性から高い支持を受け、あのパブロ・ピカソも愛用しています。
九代・岩野市兵衛の代では平山郁夫、草間彌生、横山大観などに重用され、ルーヴル美術館から版画の修復用の紙として注文が入り、そんなに大量の紙はできないと断りますが、それでもルーヴル美術館に説得され折れて注文を受け入れたそうです。
3人で1ヶ月毎日作業して600枚しか作れないそうで、数ヶ月待ちになることもあります。
近年では東京の浮世絵版元が九代・岩野市兵衛の越前奉書に惚れ込み、現代の映画やアニメと浮世絵のコラボにも越前奉書が欠かせません。
2021年に開催された作品展では、越前奉書を使ってドラえもん、ちびまる子ちゃん、涼宮ハルヒの憂鬱、機動戦士ガンダム、スター・ウォーズなどの浮世絵風の木版画が展示されました。
九代・岩野市兵衛は「最初は広重に怒られると思った」「でも作品を見るうちにだんだん面白くなってきた」と語っており、一番のお気に入りは涼宮ハルヒの憂鬱『夏廻り壱萬五千四百九十八景 涼宮ハルヒ』です。
昔から変わらぬ製法で漉かれた越前奉書は時代に合った形で新たな可能性を広げています。