調度品のある暮らし、「古いもの」を受け継ぎ大事に使い続ける―
歴史あるものを日常に取り入れるとその重厚感と伝統的な雰囲気は日々の暮らしに彩を添え、他にはない格別な想いを抱かせてくれるものです。
硯や筆を収めるための硯箱は、古くは平安時代より調度品として重宝されてきました。伝統の技に豊かな感性で日本独自に発展したといわれる硯箱の多くは漆芸品で、今日では他の骨董品と同じく、美術品としての価値のほか、大切な書類や手紙、写真などを保管する日用品としても人気を集めています。
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硯箱の歴史をひも解くと、平安時代の州浜鵜螺鈿(すはまうらでん)硯箱(重要文化財)が最古の作例として知られていますが、室町時代以降には更なる名品が数多く作られています。
漆は天然の塗料として優れた特性を持ち、また黒漆地に金の蒔絵が創り出す美しさが人々の心を魅了し、蒔絵は格式のある調度品として、主に貴族や武家といった上級階級の間で好まれるようになりました。その蒔絵が用いられた作品の代表である硯箱には、江戸時代初期の木阿弥光悦作と伝わる舟橋蒔絵硯箱のように、優れた意匠と技法を集結させた日本の古典工芸品の最高傑作として国宝指定を受けたものを含め、数多くの貴重な伝世品が今日に遺されています。
また、同じく筆で文字を書く文化を持つ中国や朝鮮といったアジアの他国には、硯を箱に収める習慣がなかったそうです。そのため、硯箱は蒔絵と同様、日本独自に発展していったもので、遺品に中国製の硯箱をほとんど見ないのも同じ理由からだと考えられています。
意匠に秘められたストーリー
硯箱のデザインには、広く知られた和歌や文学書の物語が描かれているものが多くあります。
長年にわたり硯箱のデザインを研究してきたある美術史家は、硯箱に描かれた歌の意匠には一見するだけではわからないような“判じ絵的”な面白さがある、と解説しています。
和歌の世界を謎掛けのように作品に織り込んだ硯箱の装飾。その一例として、江戸時代に制作された野々宮蒔絵硯箱があります。
蓋部分に描かれているのは牛車と秋草。秋の夜、場所はひなびた神社、そこに人の姿は描かれていません。実はこれは『源氏物語』からのワンシーンで、光源氏が恋人と別れを惜しみ、歌を詠み交わす場面を表したものだそうです。人物を描かずに、道具立てのみで特定の場面を連想させる手法、留守模様を用いて表現されています。
このように硯箱には、密かに和歌や文学の雅をまとっているものがあり、見る者のそれを読み解く感性や想像力をかき立ててくれるのも、硯箱のひとつの魅力と言えそうです。
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