皿谷緋佐子の作品の買取致します!
作家 |
皿谷緋佐子 |
作品 |
鉢 |
種類 |
熊野焼 |
大きさ |
33cm(直径) |
現在いわの美術では皿谷緋佐子の作品のお買取りに力を入れています。
皿谷緋佐子は現在も市場で高い人気を誇る作家な為、高額でのお買取りが期待できます。
骨董品・美術品のお買取りはいわの美術にお任せください!
皿谷緋佐子について
皿谷緋佐子(さらがいひさこ)は陶芸家の父・膳左エ門のもとに生まれました。
昭和26(1951)年から父の営む熊野門窯にて陶芸を始めた皿谷は同年より広島県総合美術展に出品し、以後毎回出品しています。
昭和44年に日本伝統工芸展で初入選を果たし、昭和47(1972)年から日本伝統工芸会正会員として活躍しています。
数々の賞を受賞した皿谷緋佐子は平成7年(1995)に三越日本橋店で個展を開催し、出品した作品が高い評価を受け平成7(1995)年と平成12(2000)年には宮内庁へ作品を献上しました。
また、これまでの功績が評価され2004年に広島県地域文化功労賞を受賞しています。
皿谷の作る作品は、女性らしい品格のある作風と、絵を陰刻していることが特徴的です。
印華、彫紋様、彩土、鉄絵、染付を得意としており、1970年頃から毎年300~400枚程の干支絵皿を陰刻で製作していましたが、現在は高齢ということもあり陰刻が困難となった為2010年の干支絵皿からは絵付けの干支絵皿となっています。
また、作品の一部に「くま乃」という窯印に加えて「緋」という印が彫っていることも特徴的ですのでお品物をご確認くださいませ。もし、「緋」ではなく「実」と印がございましたら弟・皿谷実の作品となります。
熊野焼きとは…
熊野焼きとは、広島県福山市熊野町の熊野焼門窯でつくられている焼物です。
この土地の陶土で7世紀頃に朝鮮半島から帰化した陶工が、大寺院の瓦や祭祈用の焼き物の需要を満たしていました。
素朴でのびのびとした美しさをもった焼物でしたが、平安時代に入るといつとなく廃れていってしまいました。
昭和21(1946)年に皿谷一二(膳左エ門)がこの伝統の窯を再興し、皿谷の実家の屋号から「門焼(かどやき)」と称して純朴な美しさをもつ伝統工芸に現代の息吹を吹き込み郷土色豊かな作品作りを始め、昭和29(1954)年に春日大社宮司である水谷川忠麿が来訪作陶した際に「熊野焼」と命名され、以降「熊野焼門窯」と称し現在に至ります。
工芸展で数多くの受賞を重ね礎を築いた父の意志と地元の伝統は、娘の皿谷緋佐子と緋沙子の弟である皿谷実が受け継いでいます。
高価買取のポイント
皿谷緋佐子の作品の高価買取「種類」「大きさ」「状態」が重要なポイントとなります。
壷(大壷)、花器、大皿が評価の高いお品物となり、サイズの大きいもので共箱などがそろっている状態ですとプラス査定となります。
また、欠けやヒビなどがないなど保存状態の良し悪しも評価の対象になります。
メール、LINE、お電話等から無料査定をご希望の際には「作家名・作品名・大きさ・状態・モチーフ」など出来るだけお品物の詳細をお伝え頂きますようお願い致します。
お家、会社、倉庫、蔵などの掃除や整理で処分にお困りのお品物がございましたら、無料査定、無料出張サービスも行っている いわの美術 にお気軽にご相談くださいませ。
(※出張サービスでのご依頼はお品物のご内容、物量により要相談)
皿谷緋佐子のお買取りについて
只今、いわの美術では皿谷緋佐子のお買取りに力を入れています!
査定やお持ち込みをご希望のお客様は、お写真やお品物の詳細な情報を「お問い合わせフォーム・メール・LINE・お電話」からお伝えください。
お問い合わせいただいた御内容を弊社所属の専門の査定員が拝見させていただき、お品物の査定額をお出し致します。
査定額にご納得いただけましたらご提示した金額をお支払いしお取引完了となります。
遠方のお客様には宅配・無料出張サービス等のご案内も致しておりますのでお気軽にお問い合わせくださいませ。(※出張買取ではお品物の御内容によりご相談させていただく場合がございます。)
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