長谷川潔の版画作品をお買取りいたします!【買取・新着情報】

長谷川潔の版画作品をお買取りいたします!
2020.5.4


             


写真の作品は、以前いわの美術にてお買取りさせていただきました

長谷川潔作の銅版画です。


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銅版画の作家さんは日本にも沢山いますが、今回は1918年(大正7年)に渡仏して以来、

その生涯をパリに拠点を移し活躍した日本の版画家 長谷川潔を紹介してみたいと思います。


 銅版画とは…?

  

 銅版画を含めた版画(はんが)とは、印刷を行う紙以外に、彫刻や細工を施した版を作って、

 インクの転写・透写等によって複数枚の絵画を製作する技法(絵画)のことです。

 
 版画には、その版の仕組みから大きく4つに分類されており、凸版、凹版、平版、孔版があります。

 印刷する版面の種類によって、木版画、銅版画、石版画、シルクスクリーンに分類されていくのです。


 版画技法は、上にも記したとおりたくさんありますが、

 小学生の時、図工の授業で習った木版画。これも代表的な版画の1つにあげられます。
 木版画は、 『凸版』と言って、 版材の平らな部分に色を付けることにより、

 彫刻刀で彫った部分(溝)には、色がつかずに白く抜け、紙に刷り上げる事ができます。


 現代では、パソコンとプリンターで、何でも作成が出来てしまいますが、

 当時、学級新聞やハガキ作成等…刷った懐かしい記憶がよみがえる方もいるのではないでしょうか?


 さて説明の前置きが長くなってしまいましたが……
 では銅版画とは、どういう工程で仕上がっていくのでしょうか?


 銅版画は、全く逆の仕組みで、

 『凹版』と言って、版材の平らな部分のインクが拭き取られ、溝の部分に残ったインクが紙に

 転写されるものをいいます。


 『直接法(直刻法)』というものと、 『間接法(腐蝕法)』の2種類に大きく分かれており、

 直接法は、その名のとおり、銅板に直接溝を刻む手法で、メゾチント、ドライポイント、

 エングレービングといった種類があります。

 間接法(腐蝕法)は、防蝕剤によって版面に腐蝕される部分とされない部分を作ったうえ、

 酸による腐刻を行い凹部をつくるもので、防蝕剤の使い方も様々で、アクアチント、エッチング

 などの技法に区別ができて、同じ銅板を用いた凹版画でありながらも、それぞれ独特の表現効果

 をもっていて、同一版の上で、複数の技法を併用し、一気に刷り上げることも可能なのです。


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~長谷川潔 生い立ち~


 ・1891年(明治24年) 神奈川県横浜市に生まれ

  銀行家であった父、長谷川一彦の長男として生まれた長谷川潔は、裕福な家庭に育ち、

  小学生の頃から父から論語の素読や書、日本画などを教わります。


 ・1902年(明治35年) 父親が第一国立銀行大阪支店長となったため、一家は大阪に移住み、

  愛日小学校へと転校。その後、父親が死去。

 ・1903年(明治36年) 母、姉弟と共に東京に戻り麻布に居住。鞆絵小学校に転校。


 ・1910年(明治43年) 麻布中学校を卒業。

 ・1911年(明治44年) 葵橋洋画研究所に入り黒田清輝に素描を学び始めます。

 ・1912年(明治45年/大正元年) 本郷洋画研究所に入り、岡田三郎助、藤島武二と共に

  油絵(油彩画)を学び始めます。

 ・1913年(大正2年) 伝統的木版画と異なる、丸ノミを用いて描く如き方法による自画自刻

  の創作板目木版画や木口木版画・銅版画を制作し始める。

 

 ・1916年(大正5年) 広島晃甫(広島新太郎)、永瀬義郎と共に、日本で初めての版画家

  グループによる『日本版画倶楽部』を結成。 

 ・1918年(大正7年) アメリカ経由でフランスに渡る。


 ・1935年(昭和10年) フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を受章。

 ・1939年(昭和14年) 第二次世界大戦勃発。


 ・1943年(昭和18年) 結婚。

 ・1945年(昭和20年) 日独伊敗戦の結果、同胞と共にパリの中央監獄ドランシー収容所

  に収監されてしまう事になります。

  元々身体が強くなく、病弱な体質だったため苦難もあったようですが、フランス人有力者

  の尽力により、1ヵ月後には無事出所することができます。


 ・1966年(昭和41年) フランス文化勲章を受章。

 ・1967年(昭和42年) 勲三等瑞宝章を授与。


 ・1980年(昭和55年) 京都国立近代美術館にて大回顧展『銅版画の巨匠・長谷川潔展』開催。
 ・1980年(昭和55年) 89歳で死去。



 第一次大戦後、フランスに渡ってから以後、1度も日本には帰国をせず、パリで制作を続け、

 その研究や創作活動により銅版画家としての地位を確立しました。


 長谷川潔の銅版画は、

 マニエール・ノワール(メゾチント)

 ※ベルソーという櫛形の刃の着いたノミで銅板に細かい線や、点を刻み込んで無数のささくれ

 を作り、後からそのささくれを削り取って画面を作っていく技法のこと。


 この古典的技法を復活させ、独自の様式として確立させたことで有名です。

 また黒インクの質や、種類にも徹底的にこだわり、繊細な表現のため、細かく目立てを施す

 製版作業には、膨大な労力を要し、信頼する刷り師や熟練した職人でも、1時間に4枚ほどしか

 刷ることが出来ず、刷りを繰り返すことで起きる版の摩耗が他の版画技法に比べて激しいため、

 100部以下という稀少部数で、他の版画家らと比較しても特に制作部数が少ない事が特徴です。


 その一方で、油彩画も描き続けていたようで、上段にも記した銅版画家として、名を馳せて

 いましたが、銅版画に比べて油彩画は数も少ないため、その希少価値はたいへん高いと言わ

 れています。 


 










<主な代表作>
『南仏古村(ムーアン・サントゥー)』
『アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船』
『2つのアネモネ』
『狐と葡萄(ラ・フォンテーヌの寓話)』
『時、静物画』

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  丁寧に見定め、お客様がご納得の上でのみ、

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  高く、査定価格も上がります。

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