マルク・シャガールはロシア出身の東欧系ユダヤ人で、フランスで活躍した20世紀を代表する「エコール・ド・パリ」の画家のひとりです。
豊かな色彩とユダヤの文化を反映させた幻想的な表現が特徴で、97年という長い生涯の中で絵画やリトグラフ、ステンドグラスなど数々の傑作を残しました。
また妻を一途に愛し、結婚をテーマにした作品も多いことから「愛の画家」とも呼ばれています。
マルク・シャガールは1887年、ロシアのヴィテブスク(現ベラルーシ)に9人兄弟の長男としてユダヤ人家庭に生まれました。家庭は貧しかったのですが、少年時代から絵を学びたいと強く思っていました。
最初は地元で絵の勉強を始めますが、アカデミックな教育が自身に合わないと感じ、1907年当時の首都であったサンクトペテルブルクの美術学校で2年程学びます。
その後ロシア・バレエ団で衣装デザインなどを担当していたレオン・バクストのアトリエがあるズヴァンツェヴァ美術学校に入り、色彩の表現技巧などの指導を受けました。のちに妻となるベラ・ローゼンフェルトと出会ったのもこの頃と言われています。
サンクトペテルブルクに移ってからポール・ゴーギャンのような印象派作品など様々な美術作品に触れ、1910年には奨学金を得て芸術の都パリへと渡りました。
モンパルナス近くのアトリエ兼集合住宅である「ラ・リューシュ」に居を構え、そこに住んでいた画家のアメデオ・モディリアーニやモイズ・キスリング、詩人のマックス・ジャコブなどと交流を深めました。
当時はキュビズム(パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって生み出された新たな美術表現の試みのこと。対象を複数の角度から幾何学的に分解し、再構成する技法)が流行していたこともあり、シンプルで詩的なマルク・シャガールの作品はなかなか受け入れられませんでした。フランス語も話せず孤独だった彼はしばらく異国の地で苦しい生活が続きましたが、少しずつ認められて1914年にベルリンにて個展を開くまでになり、大成功を収めました。
パリには5年間滞在し、故郷に戻ったのち1915年に恋人のベラと結婚しました。
モスクワやサンクトペテルブルクでの展示も成功させ、マルク・シャガールは富裕層のコレクターの間で人気になっていきます。そして絵画だけでなく書籍のイラストなども手掛け、次第にロシアでも認められるようになりました。
1917年にはロシア革命の影響もあり、ヴィテブスクの美術学校で教鞭を取ることになりますが、人間関係や思想の違いに苦しみほどなくして退職してしまいます。
故郷に見切りをつけた彼はモスクワに滞在ののち、1923年再びパリへ移りました。
国内外への旅行を楽しみつつ小説や聖書のために銅版画制作を手掛けていた頃、ナチスによる近代美術への弾圧やフランス占領が進み、マルク・シャガールは「退廃芸術家」に分類されてしまいます。フランス国籍を取得してはいましたが、ユダヤ人が迫害され始めると自身の危機を感じ、1941年アメリカに亡命しました。
亡命先のニューヨークでは同じ境遇の芸術家たちと交流を持ち、バレエの舞台装飾を担当し成功するなど、厳しい情勢の中でも充実した生活を送っていました。ですが1944年最愛の妻ベラがウイルスに感染、急死してしまいます。ショックのあまりしばらく制作できなかった彼においうちをかけるように、報道によってユダヤ人虐殺を知ります。
この二つの出来事はマルク・シャガールの心に深く刻まれ、のちの創作に大きな影響を与えることとなりました。
悲しみの中1945年にニューヨーク近代美術館にて回顧展を開催するなど、芸術家としての名は世界的に有名になっていきます。
戦後はフランスに戻り、南部のコート・ダジュールに居を構え、比較的近くに住んでいたアンリ・マティスやパブロ・ピカソと制作をともにすることもあったそうです。
新しい恋や再婚も経験しましたが、マルク・シャガールの作品には最初の妻であるベラをモチーフにした女性が描かれ続けました。
晩年は絵画から離れ、彫刻やステンドグラス、タペストリーなど制作の幅を広げ、70代にはオペラ座の天井画を完成させています。
1966年には17点の連作である「聖書のメッセージ」をフランス国家に寄贈、それらを含む作品を展示するため当時のフランス共和国文化大臣で親交のあったアンドレ・マルローが美術館の建設を推進し、1973年彼の83歳の誕生日に「マルク・シャガール聖書のメッセージ国立美術館(現国立マルク・シャガール美術館)」が開館しました。
存命中に画家個人の名前で設立された初めての国立美術館であり、本人によって開館後も数々の作品が寄贈され続けたそうです。
モダニスト最後の巨匠として活動を続け、1985年の3月、97年の生涯に幕を閉じました。
いわの美術ではマルク・シャガールの作品をお買取りしております。サインやシリアルナンバー等の有無、箱や黄袋の有無、作品の状態などで査定額が変わる場合がございます。
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マルク・シャガールのほか、「エコール・ド・パリ」のリーダー的存在で、前衛的で枠に囚われない作風で知られるキュビズムの創始者パブロ・ピカソ、人物画を得意とし、彫刻家としても有名なアメデオ・モディリアーニ、自然をこよなく愛し緑あふれる世界を描き続けたアンリ・マティスなど、記事でご紹介させて頂いた作家以外にもお買取りさせて頂いております。
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