田沼意次の命を受けた河合久敬が考案し、明和2年に発行された江戸最初の定位銀貨で、「五匁」という貨幣単位が表示されました。
長方形の銀貨で、その姿かたちから硯箱とも呼ばれています。
計数貨幣であった金貨と秤量貨幣であった銀貨の為替レートを固定化するために発行されたのですが、当時の実勢レートと合致しませんでした。
両替商は金貨・銀貨の為替差益や手数料、銀の秤量手数料などで利益を得ていたため、不評でほとんど流通しないまま自然に市場から姿を消しました。
また、回収された銀貨は改鋳されたため、現存するものは比較的少なく、コレクターの間では10万円前後の評価額がついています。