ポール・シニャックはフランスの画家です。
また、色彩分割を点描法を使用して光を捉える事が出来ると考えた新印象派の代表的な画家としても知られています。
ポール・シニャックはフランスのパリで馬具職人の家に生まれています。
幼い頃は建築家を目指しますがクロード・モネやアルマン・ギヨマンの影響を受けて18歳の頃に印象派的な絵画の制作をスタートしています。
ポール・シニャックは後にジョルジュ・スーラと出会い、スーラと共に印象派展に出品した他にも独立芸術家協会(アンデパンダン美術協会)を設立しています。
この頃からブリュッセルの芸術家たちとも親交を持ったといわれています。
後にスーラが病気で急に亡くなると、ポール・シニャックが新印象派のリーダーやアンデパンダン展(無審査出品制の美術展覧会)の会長も務めています。
ポール・シニャックとスーラは似たような点描法を使用して描かれていますが微妙に違いがあります。
それは点の大きさで、ポール・シニャックの方がスーラよりも大きいサイズの点で表現されています。
点描画は点のサイズにより明るさに変化が現れ、大きいサイズの点が明るく、サイズの小さい点ほど暗く見えます。
ポール・シニャックは理論家タイプで無口なスーラとは対照的に話好きで陽気な性格だったといわれています。
また海をこよなく愛し、自身でヨットを操縦したポール・シニャックは、サン=トロペに住み海辺や港の風景を好んで描いています。
ちなみに趣味のヨットは生涯で32艇購入したといわれています。
ポール・シニャックは画家として精力的に活動していましたが徐々に政治的な活動が目立つようになり、第6回のアンデパンダン展が最後の出品になっています。
その後、ソ連に招待されますが健康がすぐれないために辞退しています。
ポール・シニャックは72歳のときに敗血症を患い、この世を去っており、パリ東部にあるペール・ラシェーズ墓地に埋葬されています。