フランツ・マルクは20世紀初期のドイツ出身です。
動物を愛し、動物と1つになるために己の魂を動物たちに投影し表現することを探求した画家で、ワシリー・カンディンスキーと青騎士を結成した抽象絵画の先駆者としても知られています。
フランツ・マルクはドイツのミュンヘンで風景画家の父と信仰深い母の下で生まれました。
父と母の影響からか神学と哲学を学び、細かな描写が必要とされる風景画家で神経質な父から厳しいデッサンの基礎を叩き込まれました。
マルクは絵を描く事が好きでしたが父に褒められたことが無く、もともと内向的だった性格がますます人間嫌いになったといわれています。
19歳になり1年間の兵役で経験した馬術の訓練でマルクは、何者にも束縛されず、憎しみや偽りもない動物の純粋さを感じました。
それから動物が好きになり、動物を描く画家になろうと思います。
兵役終了後にマルクは、父親の反対を押し切ってミュンヘン美術アカデミーに入学していますが、学校が教える写実的な風景画に馴染めず、動物を描くために自身でアトリエを構えました。
アカデミー卒業後に美術展で賑わっていたパリを訪れていますが自身の作風に自信を持つ事ができませんでしたが、ゴッホの作品に感動し、ゴーギャン、マチスらの作品に影響を受け自身の進むべき作風を見出したといわれています。
後にマルクは色彩に意味を見出す研究や色の与える効果などを研究していきます。
それがよく分かる証拠として、マルクが友人に宛てた手紙に「青という色は男性的で厳しく精神的な色だ。黄色は女性的で優しく陽気で官能的である」綴られているそうです。
それからのマルクは抽象絵画の創始者といわれているワシリー・カンディンスキーとドイツ表現主義グループの青騎士を結成し中心メンバーとして活躍し、斬新な表現で現代美術に大きな影響を与える存在となります。
しかし第一次世界大戦が勃発すると従軍し、ヴェルダンの戦いで36歳という若さでこの世を去ります。
マルクは逃れられない運命を感じ取ったのか色々と解釈できる「戦うフォルム」という作品を残しています。
また逸話では、ヒトラー自身が古典的な作風だったことからかマルクの青い馬を描いた作品は「青い馬などいるはずがない」として退廃芸術作品だと決めつけられたというエピソードが残されています。