レオナルド・ダ・ヴィンチはイタリアのルネサンス期を代表する芸術家です。
絵画、建築、彫刻、音楽、科学、数学、工学、発明など様々な分野で秀でた業績を残している万能人として知られています。
レオナルド・ダ・ヴィンチはトスカーナ地方にあるアンキアーノという村に生まれ、5歳くらいの時に隣のヴィンチ村に移っています。ヴィンチ家はヴィンチ村では名家だったそうです。
レオナルド・ダ・ヴィンチのフルネームはレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチといい、レオナルドの「姓」であるダ・ヴィンチは、「ヴィンチ出身の」という意味を持ち、フルネームを日本語に翻訳すると「ヴィンチ出身のメッセルの息子のレオナルド」という意味になります。
ちなみにメッセルとはレオナルド・ダ・ヴィンチの父親の名前です。
レオナルド・ダ・ヴィンチは14歳の頃にフィレンツェで工房を開いていたアンドレア・デル・ヴェロッキオに師事しています。
師であるヴェロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチの才能に驚き、ヴェロッキオ自身は絵筆を置いたという逸話がのこされています。
その後レオナルド・ダ・ヴィンチは活動拠点を自身の工房のあるミラノとフランス軍が侵攻してきた時にはフィレンツェに置いています。
この時期には都市計画や軍事顧問などを務めていたといわれています。
レオナルド・ダ・ヴィンチの晩年はミラノを占領していたフランス国王のフランソワ1世に招待され、大事に守られながら、制作活動を行っています。
しかし招待されてからおよそ4年後にこの世を去っており、レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作「モナ・リザ」は亡くなる直前まで手を加えていたそうです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの生み出した空気遠近法やスフマートと呼ばれる技法などは、後の芸術家達に大きな影響を与えています。