中国の古代鏡
中国の古代鏡は化粧道具として姿や顔を写し、呪術道具としては化物の正体を写す、魔除けの道具として珍重されておりました。中国の鏡はすでに殷の後期から作られ始めており、墳墓の埋葬品としても重要な位置を占めています。鏡は映す機能を持った日用品であると同時に呪術的な力を持った墳墓の副葬品としても扱われていました。そのため戦国期から初唐期にかけて、大量に鏡が作られ、鏡背には時代を反映した様々な文様を見ることができます。
古代鏡の時代ごとの特徴
戦国時代の鏡の特徴は、鏡の中心にひもを通す紐が小さく、バンチ文という龍の唐草状の文様など龍の変形文が中心であったといいます。他には山字文や四葉文等の文様が代表的となっています。
その他に、山地文や、四葉文などが代表的です。
漢時代になると初期の品では紐が大きくなり、初期の文様には連弧文が使われ、後期には四神や神仙などの天上界を表わす文様が中心となっています。四神は青龍、白虎、朱雀、玄武が東西南北を代表し、宇宙の秩序を司ります。西王母や東王公は天界に座し、天界の運行や人々の運命を支配する神々として鏡の意匠に刻まれました。漢時代の鏡における文様構成の種類は乏しく、中心に正方形を置いて文様を構成する「TLV字型」の形象を表わした方格規矩文鏡、同心円を置いて内区と外区部に分かれた画文帯文鏡などが遺されています。
盛唐を境に鏡背の文様は、宝相華・葡萄唐草などの西方伝来の装飾文様に鳥・昆虫・花といった文様の種類が激増し、表現方法や文字の組み合わせのバリエーションも広がりました。隋、唐の鏡の文様として十二支四神文鏡、走獣文鏡・海獣葡萄文様などがあげられます。盛唐以後の鏡は自由なデザインで多様性に富み、形式を分類することは難しいでしょう。
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