江戸時代に陸奥国(福島県)で活躍した刀工で、三善派の三代目です。
三善派の祖である「長国」の孫であり、「政長」の子です。
「懐宝剣尺」という、切れ味を番付したもので
最上級の「最上業物13名」のひとりとして選ばれています。
当初は「三好長道」と称していましたが、
1658年に「陸奥大掾」を受領すると、名を「三善長道」に改めました。
同時期に活躍した「虎徹」に似た作風を得意としていた為、
「会津虎徹」とも呼ばれていたそうです。
その後「長道」という名は明治時代初期まで継承されると共に
代々、会津藩のお抱え鍛冶として活躍を続けました。