【白隠慧鶴】掛軸・書画・版画の買取作家・取扱い一覧

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白隠慧鶴

白隠慧鶴
白隠慧鶴(1685~1769)
臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧で、書画にも優れた才能をみせ、多くの作品を残しており、その数は1万点以上に及ぶといわれています。
その作品は独学で得た技法を用いており、強烈な個性を発揮した独自の世界観を持っています。
海外でも展覧会が開かれており、連日1000人以上の人が訪れ、テレビで取り上げられる程の大盛況でした。

そんな白隠慧鶴ですが、「白隠」は道号、「慧鶴」は法名で、名を岩次郎といい、3歳まで自力で立つ事ができなかったと伝えられています。
身体的に成長が遅かったのですが、暗記力が優れ、感受性も強かったため、母親と共に寺へ行った際はその時の説法を覚えて帰り、家の使用人たちに聞かせていたそうです。
こうしてだんだんと出家をしたい気持ちが大きくなり、父と母の許しを得て15歳で出家します。
しかし、修行を重ねるごとに出家した事を後悔するようになります。
そんな時に手にした一冊の本「禅関策進」に書かれていた事に感銘を受け、自分の堕落した気持ちを深く反省し、修行に打ち込むようになります。
様々な修行を積みましたが、激しい修行を続けていたせいで「禅病」と呼ばれる病にかかってしまいます。
この病に向き合い、治す治療法を考案し、のちに多くの若い修行僧を救う事となりました。
その後、地元に帰り布教を続け、曹洞宗、黄檗宗と比較して衰退していた臨済宗を復興させ「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで謳われるほどになりました。
この時に広く民衆への布教につとめており、その過程で禅の教えを表した絵を多く描いたとされており、その中でも達磨図は多く用いた画題でした。

白隠慧鶴年表


1685年 生まれる
1700年 出家する
1703年 美濃(現・岐阜県)の瑞雲寺で修行する
1708年 信州(現・長野県)飯山の道鏡慧端(正受老人)のもとで大悟、嗣法となる
1710年 白幽子という仙人に内観法を学び、禅病が完治する
1716年 松蔭寺に帰郷する
1763年 三島(現・静岡県)の龍澤寺を中興開山する
1769年 逝去

1685年 生まれる

1700年 出家する

1703年 美濃(現・岐阜県)の瑞雲寺で修行する

1708年 信州(現・長野県)飯山の道鏡慧端(正受老人)のもとで大悟、嗣法となる

1710年 白幽子という仙人に内観法を学び、禅病が完治する

1716年 松蔭寺に帰郷する

1763年 三島(現・静岡県)の龍澤寺を中興開山する

1769年 逝去


白隠慧鶴代表作

達磨図
達磨図

『大燈国師像』
『達磨図』

『大燈国師像』

『達磨図』


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