明朝時代末期~清朝時代初期に浙江省杭州で活躍した画家で、字(あざな)を田叔、号は蜨叟、石頭蛇といいます。
その生涯は不明な部分も多いのですが、八十有余の一生の大半を杭州で過ごしたことは間違いないとされています。
江戸時代に日本へ作品が寄贈された事から日本にもなじみの深い画家として、池大雅をはじめ、江戸時代の南画家たちにも大きな影響を与えた事で知られています。
民間の職業画家であった藍瑛は画家・沈周に師事して画技の基本を学びました。
山水、花鳥、梅竹など広い作域で知られており、色彩感に乏しい浙派様式に呉派の色彩感を加味した装飾的画面構成に最も力を入れていました。
杭州を中心に活躍している事は有名ですが、行動範囲は中国全土に渡っている事が記録に残されており、江蘇省揚州での活動は研究者の間でも注目されています。
その滞在期間は一年程と限られているにも関わらず、当地での人気もかなりのもので、山水画冊を中心にいくつもの素晴らしい作品を残しています。