明治31~35年、39年、大正2~4年に発行された青銅貨です。
明治維新後30年が過ぎてからの発行であったため、尊皇思想も定着していたため、歴代一銭のなかで唯一菊の紋章が使われていません。
材質も竜1銭銅貨と比較して錫の含有率が1%から4%に上げられており、錫の含量が上がると堅くなるため、耐摩耗性を改善したものになりました。
大正に入り、製造枚数が増加してきた頃、第一次世界大戦が勃発し、好景気のため小銭が不足する状態となり、材料費が高騰する中、大量に発行しなければならず、材料費の節約のため、小型化された桐1銭青銅貨を発行することになり、製造が中止されました。
コレクターの間では、19年間の製造で6450万枚しか発行されていなかったため、銅貨の中でも評価額が高く、明治33、35年は特年となっています。
また、明治39、42、44年発行のものが存在するようですが、一般流用で造られたものではないそうです。