【織田広喜(織田廣喜)】絵画の買取作家・取扱い一覧

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織田広喜(織田廣喜)

織田広喜(織田廣喜)
織田広喜(織田廣喜)(1914~2012)
福岡県出身の昭和~平成時代に活躍した日本の洋画家です。
少女や女性を官能と哀愁に満ちた幻想的な独自のスタイルで描き、都会的な哀愁漂う作風が特徴です。
また、長男の織田広比古も洋画家として活躍しています。
 
幼い頃から絵に興味を持っており、ゴッホの「ひまわり」を見た事で画家になる事を志します。
碓井尋常高等小学校高等科を卒業すると病気で働けない父親のために代わりに働き、その時に陶器の絵付けやちょうちん屋の図案を描く仕事に携わっていました。
この他にもお菓子屋や郵便局員などをつとめており、後に様々な職業を経験します。
こうして15歳の時に村祭りが行われた際、自宅の玄関先に水彩画、鉛筆画などを並べ個展を開いており、画家になるべく仕事をしながらも修練に励んでいた事が分かります。
 
日本美術学校に入学すると本格的に絵の勉強に励み、卒業後は電機会社で働くなど様々な仕事をしながら画業を続け、二科会を中心として活躍するようになります。
渡仏を経験してからは更に画技に磨きがかかり、岡田謙三からは二科展で大作を出品する事を学ぶと次々に大作を発表するようになり、大作主義の画家として認識されるようになりました。
一方で、その制作を支え続けたのは妻・リラで、リラも画家として活躍していましたが、くも膜下出血で倒れ、亡くなるまでの15年間、織田広喜は妻・リラのベッドの側で介護を続けながら絵を描き続けるほどの愛妻家でもありました。

織田広喜(織田廣喜)年表


1914年 福岡県で生まれる
1939年 日本美術学校西洋学科を卒業する
1940年 第27回二科美術展で初入選となる
1946年 第31回二科美術展で二科賞を受賞する
1950年 二科会会員に推挙される
1960年 渡仏
1961年 帰国
1968年 第53回二科展で総理大臣賞を受賞する
1971年 第56回二科展で東郷青児賞を受賞する
パリで初個展を開催する
1980年 二科会常務理事となる
1992年 勲四等瑞宝章を受章する
1995年 第51回日本芸術院賞・恩賜賞を受賞する
日本芸術院会員となる
1997年 碓井町名誉町民の称号を受ける
1998年 赤い帽子・小田広喜ミュージアムが開館する
2003年 フランス芸術文化勲章を受章する
2006年 二科会理事長となる
2012年 心不全の為、98歳で逝去

1914年 福岡県で生まれる

1939年 日本美術学校西洋学科を卒業する

1940年 第27回二科美術展で初入選となる

1946年 第31回二科美術展で二科賞を受賞する

1950年 二科会会員に推挙される

1960年 渡仏

1961年 帰国

1968年 第53回二科展で総理大臣賞を受賞する

1971年 第56回二科展で東郷青児賞を受賞する

00000年パリで初個展を開催する

1980年 二科会常務理事となる

1992年 勲四等瑞宝章を受章する

1995年 第51回日本芸術院賞・恩賜賞を受賞する

00000年日本芸術院会員となる

1997年 碓井町名誉町民の称号を受ける

1998年 赤い帽子・小田広喜ミュージアムが開館する

2003年 フランス芸術文化勲章を受章する

2006年 二科会理事長となる

2012年 心不全の為、98歳で逝去


織田広喜(織田廣喜)代表作


『少女』
『讃歌』
『黒装』
『北ホテル』
『サンドニにて』
『モンマルトル』

『少女』

『讃歌』

『黒装』

『北ホテル』

『サンドニにて』

『モンマルトル』


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