【アンリ・マティス】絵画の買取作家・取扱い一覧

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アンリ・マティス

アンリ・マティス
アンリ・マティス(1869~1954)
フォーヴィスムのリーダー的存在として知られているアンリ・マティスはフォーヴィスムの活動が3年という短期間で終わった後も20世紀を代表する芸術家として活動を続けました。
マティスはフォーヴィスム(野獣派)と呼ばれる事を嫌っており、人々の疲れを癒す「よい肘掛け椅子のような芸術を目指したい」と自分の好きな色である緑を多用する作品を展開していきます。
自然をこよなく愛していたマティスはデッサンと色彩の融合を試み、やがて「色彩の魔術師」と謳われるほど緑あふれる世界を描き続けました。
 
そんなマティスですがはじめから画家を志していたわけではありませんでした。
法律家になるためにパリの大学では法学部で学んでおり、盲腸炎で入院した時に絵画に興味を持ち、やがて画家になる事を志すようになったのです。
ギュスターヴ・モローなどから美術を学び、初期の作風は写実的なものでしたが、フィンセント・ファン・ゴッホ 、ポール・ゴーギャンらの後期印象派の影響を受け、自由な色彩による絵画表現を追究するようになり、強烈な色彩を配置するフォーヴスタイルを通って、静かで心地よい作品を描くようになり、やがて線や光、色彩の単純化を追求し、最終的に切り絵に到達しました。
そのため、油彩画やスケッチ以外にも多くの切り絵の作品も残しており、晩年の体力が衰えたマティスにとっては最良の表現方法でした。
 
また、ヴァンスのロザリオ礼拝堂の壮大な壁画制作や切り紙絵をモチーフにしたステンドグラス、上祭服のデザインを担当しており、この礼拝堂はマティス芸術の集大成とまでいわれています。

アンリ・マティス年表


1869年 生まれる
1887年 パリ大学法学部に入学する
1890年 盲腸炎で療養中に絵画に興味を持ち画家になる事を決意する
1891年 アカデミー・ジュリアンでブーグローの指導を受けながら、エコール・デ・ボザール入学の試験準備をする
1892年 エコール・デ・ボザール・デコラテーフの夜間クラスに出席する
1895年 エコール・デ・ボザールのギュスターヴ・モローのアトリエに入学を許可される
1896年 サロン・ド・ラ・ソシエテ・ナシオナール・デ・ボザールに出品した作品が政府買い上げとなる
1898年 結婚する
1916年 フランスのニースに滞在する
1941年 十二指腸ガンを宣告され、車椅子生活となる
1954年 逝去

1869年 生まれる

1887年 パリ大学法学部に入学する

1890年 盲腸炎で療養中に絵画に興味を持ち画家になる事を決意する

1891年 アカデミー・ジュリアンでブーグローの指導を受けながら、

00000年エコール・デ・ボザール入学の試験準備をする

1892年 エコール・デ・ボザール・デコラテーフの夜間クラスに出席する

1895年 エコール・デ・ボザールのギュスターヴ・モローの

00000年アトリエに入学を許可される

1896年 サロン・ド・ラ・ソシエテ・ナシオナール・デ・ボザールに

00000年出品した作品が政府買い上げとなる

1898年 結婚する

1916年 フランスのニースに滞在する

1941年 十二指腸ガンを宣告され、車椅子生活となる

1954年 逝去


アンリ・マティス代表作


『赤のハーモニー』
『画家の娘』
『トルコ椅子にもたれるオダリスク』
『眠る女と静物』

『赤のハーモニー』

『画家の娘』

『トルコ椅子にもたれるオダリスク』

『眠る女と静物』


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