【赤松麟作】絵画の買取作家・取扱い一覧

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赤松麟作

赤松麟作
赤松麟作(1878~1953)
岡山県出身の明治時代から昭和時代にかけて活躍した洋画家です。
幼い頃に家族揃って大阪へ移住し、洋画家の山内愚僊の内弟子となり油彩画を始めました。
その後、本格的に油彩画を学ぶため東京美術学校へ入学し、黒田清輝に師事しました。
黒田清輝は美術教育者、政治家として活躍し、印象派の影響を受けた外光派と呼ばれる作風を確立し、白馬会を発足させた事で知られています。
外光派とは戸外の明るい光や色彩効果を考えて描かれた作品が特徴で、その全てを戸外で描く考え方で、赤松麟作の作品も外光派の作風が見られ、23歳という若さで白馬会に出品し、白馬賞を受けた事で有名となります。

東京美術学校を卒業後は三重県の中学校の教師をつとめ、朝日新聞社に挿絵記者として入社し、活躍する傍らで文展に作品を出品しています。
また、大阪梅田に赤松洋画塾を開設し、戦後は大阪市立美術研究所で教鞭をとり、多くの後進を育てた事でも知られています。
その門下には佐伯祐三など著名な画家の名前があります。

また、油彩画以外にも多彩な才能を発揮しており、木版画やペン画、水彩画なども残しており、レトロ感を感じる作風が今でも高い人気を誇っています。

赤松麟作年表


1878年 岡山県で生まれる
1883年 大阪に移住する
1893年 洋画家・山内愚僊の内弟子となる
1897年 美術学校西洋画科に入学する
1900年 三重県立第一中学校に助教諭心得として赴任する
1901年 第6回白馬会で白馬賞を受賞する
1903年 和歌山県立神宮中学校に勤務する
1904年 大阪朝日新聞社に挿絵記者として入社する
1908年 梅田に赤松洋画塾を開設する
1926年 画塾を心斎橋に移転し、赤松洋画研究所と改称する
1953年 喘息のため75歳で逝去

1878年 岡山県で生まれる

1883年 大阪に移住する

1893年 洋画家・山内愚僊の内弟子となる

1897年 美術学校西洋画科に入学する

1900年 三重県立第一中学校に助教諭心得として赴任する

1901年 第6回白馬会で白馬賞を受賞する

1903年 和歌山県立神宮中学校に勤務する

1904年 大阪朝日新聞社に挿絵記者として入社する

1908年 梅田に赤松洋画塾を開設する

1926年 画塾を心斎橋に移転し、赤松洋画研究所と改称する

1953年 喘息のため75歳で逝去


赤松麟作代表作

恵比寿新世界
恵比寿新世界

『白い扇』
『夜汽車』
『読書』
『孔雀』
『裸婦』
『風景』
『海』

『白い扇』

『夜汽車』

『読書』

『孔雀』

『裸婦』

『風景』

『海』


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