イタリアのヴェローナ出身のルネサンス期のヴェネツィアで活躍したイタリア人画家です。
パオロ・カリアーリと呼ばれる事もありますが、出身地のヴェローナからヴェロネーゼと呼ばれるようになりました。
ティツィアーノとティントレットと並んでルネサンス後期のヴェネツィアを代表する画家として評価されています。
非常に優れた色彩感覚の持ち主で、幻想的な色使いの装飾的絵画作品で知られています。
アントニオ・バディーレのもとで学び、才能を開花させ、バディーレの描いた祭壇画に小路を描いたと言われており、マニエリスム様式の絵画を学んで、独自の作風を身に着け、数々の壁画や天井画を手掛けるようになりました。
アンドレーア・パッラーディオとの共作「カナの婚礼」はサン・マルク島サン・ジョルジョ・マッジョーレ修道院のベネディクト会修道僧から依頼を受けて制作されたものです。
制作条件として、66平方メートルの壁を覆う巨大な絵画とし、使用する顔料の品質と種類も最上級のものが求められました。
特に青色の絵具は天然鉱物であるラピスラズリを使用しています。
他にも可能な限り多くの人物を描く事が条件とされ、15ヶ月かけて完成させました。
また、「レヴィ家の饗宴」はサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会の依頼を受けて、食堂に飾るためのものとして依頼を受けました。
最後の晩餐として描き始めたものでしたが、最後の晩餐に登場する十二使徒だけではなく、ドイツ軍人、小人の道化、様々な動物など本来の聖書のエピソードとは無関係なモチーフを描いた事で、不信心という理由でローマ・カトリック教会の異端審問会の招集を受けました。
作品の描き直しを命じられましたが、画家としての表現の自由を主張し、絵の題名を「最後の晩餐」から「レヴィ家の饗宴」とする事で問題を解決しました。
こうした数々の作品たちに見られる調和のとれた美しい屋外風景は、19世紀の画家たちにとって手本となり、近代の絵画を確立したといっても過言ではありません。