20世紀に活躍したフランスの画家で、20世紀の美術界の流れをたどる上で重要な画家として知られています。
非定型という意味を持つ第二次世界大戦後に起こった西欧の前衛芸術運動アンフォルメルの先駆者としても評価されています。
デュビュッフェは北フランスのノルマンディー地方の港湾都市ル・アーヴルに生まれ、家は裕福なワイン商でした。
もちろんデュビュッフェも家業を継ぐつもりでいましたが、絵画を学びたいと美術学校アカデミー・ジュリアンに通います。
しかし、アカデミックな絵画教育に馴染む事ができず、自分の思う通りに描くようになりました。
その後も家業を継がずに美術、文学、音楽、語学などさまざまな対象に興味を持ち、色々な職を転々としましたが、どれも打ち込む事ができず、家業のワイン商を継ぐ事にしました。
デュビュッフェが41歳を迎えた時、彼は突如画家としての道を歩む事を決意し、「厚塗り」をテーマにした奇妙な個展を開催し注目を浴びます。
そこからは独自のポリシーを貫き通し、子供や原始の人々、精神疾患者、無名の人々のデッサンや落書きなどの本能のままに描いた作品を集めるようになり、それらを「生の芸術」として展覧会開いて展示するようになり、ヴァンスに「生の芸術協会」を設立しました。
こうして西欧美術の伝統を全否定する激越な作品を発表し続け、新しい芸術を生みだすきっかけを作ったとして、デュビュッフェは高く評価されています。
また、ヴェネツィアに次ぐ世界最大級の国際展サンパウロ・ビエンナーレにフランス代表として招待出品の要請を受けた際に「自国の国家宣伝の道具に自分を利用するなんて、そんな姑息な駆け引きには乗りたくない」と芸術家としてはとても名誉な事なのに、あっさりと断ったエピソードが残されています。