今回いわの美術でお買取りいたしましたこちらの作品は、柔らかな土味の温かみと愛らしい表情が印象的な楠部弥弌(くすべ やいち)による子犬の置物です。
大正から昭和にかけ日本の半世紀に余る近代陶芸史のなかで、楠部弥弌は生涯を通し、独特な特色を展開しました。作陶歴70年を通して生み出されたその作品群で何より驚かせるのが、幅広い作域と技術の多様さです。
楠部弥弌は、白磁、青磁、染付、金彩といった磁器から土ものの刷毛目、鉄絵、天目釉など、中国と日本の古陶磁の様式や技法まで幅広く取り入れ、手掛けない手法はないといわれるくらい、多種多様な作風で人気の作家です。
1897年京都に生まれた楠部弥弌が幼少期を過ごした東山区粟田は、外国貿易を主体とする産業陶磁が盛んな土地で、父・千之助が経営する楠部貿易陶器工場もまたそのような外国向けの製品を製造する工場でした。
当時の日本では、京都のような個人作家として知られた陶工が比較的多い土地においても、陶芸家の芸術家としての地位は決して一般的に認められたものではありませんでした。実際、1907(明治40)年最初の官展である文部省主催の文展が創設された時も、工芸部門が省かれたという事実は、やきものをはじめとする工芸全般が芸術ではなく、産業の一環として認識されていたことをはっきりと物語っています。
そのような時代背景のなか、楠部が芸術的な制作を目指した理由は、最初、陶工ではなく画家を目指していたことに関係があった、と言われています。幼い頃から絵を描くことが好きだった楠部はのちに自身のエッセーに次のように書いています。
「子供のころ、よく職人たちが陶器に描いている絵をそばでじっと見ていました。
ところが、幼い私が気がついたことは、職人の描く絵は、形や色付けがいつ見ても
全く同じだということでした。”馬の絵を描いて”と職人にねだってもいつも同じ方向
を向いていて、子供心にそれが面白くなくて、だんだん職人の絵に興味失ってしまいました」
子供ながら職人の絵はすべて同じでつまらないと感じたというこのエピソードに、その後開花することとなる弥弌の芸術家としての才能の片鱗がうかがえます。しかしながら一方で、陶芸が芸術の一分野として未だ明白に認められていなかった明治末頃において、弥弌は父の意に反し作陶家になるべく道を選択します。この決断は、よほどの固い信念と激しい情熱がなければ貫き通せなかったことに違いなく、楠部の生涯をかけた作陶活動の重みをあらためて感じます。
15歳で京都陶磁器試験場付属伝習所に入所した楠部は、ここではじめて土を手にします。まずは徹底して轆轤の訓練を受け、体が覚えるまで同じものを100も200も挽き、最初は盃、次に吸出し碗から湯呑とすすみ、土瓶が作れるようになるまで3年かかったといいます。さらに素焼き、釉掛け、本窯での焼成も勉強し、中国や朝鮮の陶磁器にも見聞を広げました。
伝習所を卒業した楠部は、河合栄之助、八木一艸、川村喜太郎、荒谷芳景など、若い陶芸家仲間とともに1920年「赤土社」を結成し、新たな展開を迎えます。作品発表の場をもつことを目的にしたグループでの活動は、およそ2年と比較的短期間でしたが、初めて入場料を取る工芸展を開催したり、展示する作品に「生まれ出ずる悩み」「春の目覚め」「生の礼讃」などといった従来の陶磁器にはなかった抽象的な題名を付けたりして、活動が大きな話題を呼びました。赤土社は、楠部の陶業の出発点となったばかりでなく、日本の近代陶芸確立に重要な役割を果たした運動にもなりました。
さまざまな手法で幅広い作風を展開した楠部弥弌の真骨頂の技法のひとつに彩埏(さいえん)があります。磁土に色を混ぜて薄く溶かし、堆朱のように塗っては乾かす作業を何層にも重ねて絵や文様を描き出すやり方のことで、「埏」とはよく練った土を意味し、したがって「色づけした土」の意からその名が付けられました。
一般的に陶器の色付けは主に釉薬で行いますが、彩埏は白色の磁土に顔料を練り合わせた彩土(いろつち)を使うことで、釉だけの色よりも、独特の深みや厚みのある色調が得られるといいます。特に晩年の楠部の彩埏作品には、パステルカラーのような柔らかく上品な趣のある色調が用いられ、いずれも奥行きのある充実した色感をそなえています。さらにこれに金彩や釉裏紅(ゆうりこう)と呼ばれる文様を紅色に発色させた釉下彩を併用することで、作品全体の色彩が複雑な変化とニュアンスに富んだものとなり、作品に一層の優美さが加わって、国内のみならず海外でも一躍人気を集めました。
文展や帝展、日展にも出品し、フランスやイタリアの博物館にも作品を寄贈、国際的な工芸展においても輝かしい受賞歴をもつ楠部弥弌の作品は今日に至るまで変わらぬ人気があります。特に独自の境地を確立した晩年の作品はより人気が高く、高価買取が期待できます。
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