【益田鈍翁 掛軸】掛軸・書画・版画の買取実績一覧

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買取実績一覧

益田鈍翁 掛軸

益田鈍翁 掛軸
作家名
益田鈍翁

お品もの詳細

今回お買取したお品物は、益田鈍翁(ますだどんのう)の掛軸です。
鈍翁は号で、観涛・雲外・宗利という別号がありますが、本名は益田孝(ますだたかし)といいます。
益田鈍翁は日本経済を動かしていた実業家で、日本初となる総合商社の三井物産を創始しています。
また、茶道などに熱心な数奇者(すきもの・すきしゃ)としても知られており「千利休以来の大茶人」や「小田原三茶人の1人」に数えられるなど高く評価されています。
ちなみに古美術収集家としても知られており、日本の美術品が海外流出しないよう日本美術の保護にも尽力していました。


益田鈍翁は、江戸幕府の中でも重要な領地で重要なポストに就いている父を持ち、新潟県の佐渡島で生まれています。
父の転勤に伴い江戸に出るとヘボン塾(現・明治大学)で学んだ後、アメリカ公使館で勤務となったことで、日米修好通商条約を締結したことで知られているタウンゼント・ハリスと出会い、大きな影響を受けたとされています。
明治維新後の益田鈍翁は、大蔵省への入省からおよそ2年後に長州藩士だった井上馨(いのうえかおる)と共に先収会社を立ち上げています。
立ち上げから2年後に先収会社は解散となっていますが事業と人員を引き継いでおり、それが三井物産となりました。
ちょうどその頃、中外物価新報(現・日本経済新聞)も創刊しています。
明治後期に入ると石炭、米、生糸など300以上の品種を扱い、それらをアジアなどに展開していき、当時の日本貿易総額のおよそ2割を占める大商社へと成長させ、その後も発展を続けています。
そんな益田鈍翁の晩年は、茶人として品川の御殿山から小田原市へと移住しています。
多くの茶席を建てたことがきっかけとなり近代茶人達が小田原や箱根へ集まるようになっていきました。
また、小田原へ富士フィルムを誘致し雇用を生み出すなど大きな功績も見逃せません。


さて、お買取した掛軸は状態も悪くなく、益田鈍翁の肉筆で落款もあり、共箱付きの素敵なお品物ということもあり高価買取となりました。
いわの美術では、益田鈍翁の作品買取に力を入れています。
お引越しなどの仕方のない整理で益田鈍翁の作品買取先をお探しであれば、益田鈍翁の作品の高価買取が期待できるいわの美術まで、お気軽にお電話、メールにてご相談下さい。

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