今回お買取りの中から紹介させていただくお品物は、長澤浄春 (深草浄春)による能面『増女』(ぞうおんな)です。
人間国宝であった父・長澤氏春の技を受け継ぎ、格調高い造形が見事な秀逸作となっています。
長澤浄春は面打師として唯一の人間国宝に認定された長澤氏春の長男です。
能楽で用いることを目的として制作される能面ですが、ヒノキ素材で持ちが良いことから、ほとんどの能面は師匠から弟子に引き継がれたり、古作を買取ることが多いので、新しい需要が少ない傾向があります。
更に江戸末期の能楽の人気下落から面打師が激減したことに加え、明治以降の能面は『新面』と呼ばれて差別されたことが追い打ちとなり多くの技術が失われました。
そのような状況で人間国宝となった大正生まれの父・長澤氏春の存在は非常に稀有です。
長澤浄春は父・長澤氏春の元で1943年の17才の頃から能面の制作に取り掛かりました。
始めは深草浄春として活動し、後に長澤浄春に改名しています。
弟の長沢宗春・長澤草春も面打師として活躍しており、三兄弟で切磋琢磨し技術を磨きました。
父・長澤氏春から長澤家に継承された技はそれぞれ門下生にも伝授され、長澤流派として高い評価を受けています。
長澤浄春の作品は、古美の技法を守りながらも洗練された優美なフォルムが特徴です。
残念ながら他界されていますが、長男の長澤重春が三代目を引き継ぎ活躍しています。
少し年上の若い女性の能面で、天女や女神などの気高く人間を超越した役に用いられます。
全体に色が白くやや細い輪郭で端正な顔立ち、そして憂いを帯びつつ深みのある表情が特徴です。
室町時代の田楽能の名手・増阿彌(ぞうあみ)が創出した女面であることから『増女』と呼ばれるという伝説がありますが真偽は定かではありません。
神聖で縁起が良いことから、美術品としても非常に好まれる面です。