本日はいわの美術にお譲りいただきましたこちらの青磁壺をご紹介いたします。
透明感のある青から醸し出される上品な趣き。青磁色としか表現できないこの色合いは、床の間や飾り棚などに置くだけで、周囲に高貴な雰囲気を漂わせます。作品の深みある色合いは、わずかな光と影で千変万化し、青磁ならではの気品には思わず惹きつけられるような魅力があります。
青磁は、鉄を含んだ釉薬が焼成により青く発色することで作り出される焼き物です。その青とも薄緑とも見える不思議な色合いは、古来より、幾多の人々を惹きつけてきました。
今からおよそ2000年前の中国・後漢時代に原型をみる青磁ですが、12世紀ごろには、現在のお手本とされる青磁の名品が作られています。
青磁は、本来、歴代の中国皇帝たちのために作られた特別な器でした。その形は、宗教的な儀式に使われた青銅器をかたどったもので、色は『玉(ぎょく)』、つまり翡翠を模すことを目指したと言われています。より高貴な「青」を目指し、時を重ねて洗練された青磁は、しだいに貴族、文人をも虜にしました。
中国で生まれた青磁は、やがてアジア各地へと広まっていきます。
朝鮮半島で発達したのは、いわゆる高麗青磁。生産が始まったのは11世紀頃で、影響を受けたとされる越州窯の「秘色(ひそく)青磁」にたいして「翡色(ひしょく)青磁」とも呼ばれます。とくに高麗らしいといえるのは、象嵌の技法でつくられた象嵌青磁で数々の名品が遺されています。
タイ、ベトナム、クメール(カンボジア)などでも12~13世紀頃から青磁づくりが行われました。タイの青磁は灰青色を呈したものが多く、ベトナムの青磁は黄釉・緑釉系に位置づけられています。
では、日本では青磁づくりはどのようには発展していったのでしょうか。
古くは平安時代、平安京近辺ではすでに、越州窯を模した緑釉の陶器が焼かれていたそうです。16世紀末には、秀吉による朝鮮出兵、文禄・慶長の役があり、朝鮮半島から連れてこられた陶工によって、本格的な製法がもたらされ、さらに有田で磁土が発見されたことで、いよいよ良質な青磁が生産されるようになります。
さらに、江戸時代になると、青磁は、九州・佐賀藩で焼かれた「鍋島」と結びつき、青い染付の絵を添えた鍋島青磁として発展しました。中国や朝鮮半島ではほとんど見られなかった斬新なデザインで、鍋島は、将軍家への献上品や大名の贈り物として使われた最高級のやきものでした。佐賀藩はその製法を隠すため、職人たちを人里離れた山間に住まわせたといいます。
一子相伝ともいえる高度な上絵付の技法は、有田の今泉今右衛門家に代々受け継がれ、鮮やかな色鍋島が今もつくり続けられています。
中国で皇帝のための器として生まれ、アジア各地に広まり、江戸時代の日本でやきものの最高峰として献上品になった青磁。1000年の時を超えて生き続ける、憧れの「青」。青磁は今も、アジアを代表するやきものとして世界中で親しまれています。
青磁を得意とし、陶芸界初の帝室技芸員となった三代清風与平の作品や、同じく帝室技芸員で高麗窯の再建に携わった初代諏訪蘇山、また中国古玩や朝鮮古陶などの古美術品にはとくに根強い人気があり、コレクターは日本国内外を問わず数多く存在します。
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