【清水多嘉示】彫刻の買取作家・取扱い一覧

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清水多嘉示

清水多嘉示
清水多嘉示(1897~1981)
長野県出身の大正~昭和時代に活躍した日本の彫刻家です。
生命感に溢れるブロンズ像で高い評価を受けており、その作品は長野県県内をはじめ日本全国で見る事ができ、特に学校や公共施設に多く展示されています。
師であるアントワーヌ・ブールデル直伝の彫刻理論と精神に基づく教育理念を持って後進の指導にあたっており、武蔵野美術学園の初代学園長をつとめました。
また、府立第一高等女学校、日本大学専門学部芸術科、戦後は早稲田大学理工学部建築科などでも長期にわたり講師をしていた事でも知られています。
 
幼い頃から美術の才能を見せていた清水多嘉示は、はじめは画家を志し、風景や人物を重厚な色彩とタッチで描いていていました。
本格的に絵画を学ぶまでは代用教員として働き、中村彝の知遇を得て二科展出品を重ねていました。
フランスへ渡ってからはサロン・デ・テュイルリーでアントワーヌ・ブールデルと出会い、その作品に感銘を受け、彫刻家を志すようになります。
こうしてサロン・ドートンヌへは絵画と彫刻作品を出品しており、アルベルト・ジャコメッティ、藤田嗣治、イサム・ノグチ、小山敬三らとも交友を持ちました。
 
帰国してからはブロンズ彫刻を中心に作品を発表しており、戦後は日展に出品を重ねていきます。
日本国内では様々な美術学校の講師や教授などをつとめ、後進に指導にあたっていますがその活躍は日本国内のみならず、国際造型芸術連盟の会議に日本代表執行委員として出席し、ジュネーブの国際電気通信連盟から国際彫刻コンクールの審査委員の要請を受けるなど国際的にも活躍する芸術家として認められました。

清水多嘉示年表


1897年 長野県で生まれる
1915年 諏訪中学校を中退する
1919年 県立諏訪高等女学校教諭とある
1921年 平野高等女学校、岡谷蚕糸学校教諭となる
1923年 絵画を学ぶためパリに渡る
アントワーヌ・ブールデルの作品を見て彫刻家を志すようになる
1928年 帰国する
1929年 帝国美術学校助教授となる
1943年 新文展審査員となる
1948年 武蔵野美術学校教授、日展審査員となる
1950年 日展運営会参事となる
1953年 芸術選奨文部大臣賞を受賞する
1954年 「青年像」で日本芸術院賞を受賞する
1958年 日展評議員となる
1965年 日本芸術院会員、日展理事となる
1969年 武蔵野美術学園初代学園長に就任する
勲三等瑞宝章を受章する
日展常務理事となる
1971年 東京国立近代美術館評議員となる
1973年 日展顧問となる
1980年 文化功労者となる
1981年 84歳で逝去

1897年 長野県で生まれる

1915年 諏訪中学校を中退する

1919年 県立諏訪高等女学校教諭とある

1921年 平野高等女学校、岡谷蚕糸学校教諭となる

1923年 絵画を学ぶためパリに渡る

00000年アントワーヌ・ブールデルの作品を見て彫刻家を志すようになる

1928年 帰国する

1929年 帝国美術学校助教授となる

1943年 新文展審査員となる

1948年 武蔵野美術学校教授、日展審査員となる

1950年 日展運営会参事となる

1953年 芸術選奨文部大臣賞を受賞する

1954年 「青年像」で日本芸術院賞を受賞する

1958年 日展評議員となる

1965年 日本芸術院会員、日展理事となる

1969年 武蔵野美術学園初代学園長に就任する

00000年勲三等瑞宝章を受章する

00000年日展常務理事となる

1971年 東京国立近代美術館評議員となる

1973年 日展顧問となる

1980年 文化功労者となる

1981年 84歳で逝去


清水多嘉示代表作

『レア嬢』

『少女の顔』

『アルプス遠望』

『裸婦』

『石橋正二郎師之胸像』

『みどりのリズム』

『青いローブ』 (絵画・油絵)

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