楽長入は楽吉左衛門の7代目です。
作品には茶碗の他にも香合、花入、彫刻、瓦などがあります。
楽長入は6代目楽吉左衛門の左入の長男として京都に生まれ、本名は田中栄清(たなかえいせい)といいます。
7代目楽吉左衛門を襲名してから34年後に隠居し長入と号します。
楽長入の作品は「洗練」という言葉が似合うといわれており、作風をザックリと表現すると、大らかな人柄を感じさせ、惜しみなく大振りであり、若干厚造りで質量を感じる事が出来るといわれています。
楽長入は織部焼、交趾焼などの写しの名人としても知られていますが、長入の作品には長入の代名詞ともいえる漆黒釉を使った長入の釉調を楽しめる艶やかな黒楽があります。
代表的な作品だと「竹之絵黒樂茶碗」があり正面に竹の絵が描かれています。
これは筆で釉薬を掛ける楽焼ならではの手法ですが、長入が良く使う漆黒釉を全体には掛けずに絵の部分は避けて描いています。
また釉薬の掛かっていない絵の部分は透明の釉薬を塗る事で金色っぽく変化します。
赤楽で代表的な作品は「玉之絵赤樂茶碗」があります。
聚楽土と白土を使う事で白の強い薄赤色~赤の強い赤色など多くの釉調を持っています。
作品は茶碗だけではなく香合、花入、敷瓦の他にも日蓮像などの彫刻もあり実に多才です。
楽長入作の赤楽の敷瓦は戦国武将の山中鹿之介が祀られている南明庵の土間にも使われているそうです。
また青楽と呼ばれる奇天烈な緑の敷瓦や「三具足(青楽香炉・青楽花瓶・青楽燭台)」なども制作しています。
また、楽長入は楽焼をより洗練させ、「島台茶碗」を初めて作りました。
57歳でこの世を去りましたが千家の初釜には現在も「島台茶碗」が使われています。