『婦人相学十躰・浮気の相』喜多川歌麿 江戸時代 18世紀 東京国立博物館
こちらの浮世絵の人物の余白にあたる、版画の地となる部分には雲母という鉱物の粉末が置かれ、独特のパールのような光沢がでる白雲母摺り(しらきらずり)が使われております。その上に分銅繋ぎが地紋の浴衣、帯は芭蕉(バナナ)の葉の柄という姿で胸もとがはだけた女性を描いています。
美人大首絵のうち、雲母摺りを用いた最初期の作品であるとされています。浮世絵の場合は西洋の絵と違い、画面全体を光と陰影の見方で追うのではなく、描かれている人物や対象自体の輪郭の線の流れで描かれているものの量感や立体感をだす工夫がされています。
左上に配された琹形の三連枠を右から順に読むと
- 作品名「婦人相学十躰」
- 副題「浮気之相」
- 署名「想見 歌麿画(極印)(版元印)」
と記されています。
いわの美術での版画や浮世絵の査定におきましても、作品の題名と作家の署名は大切な情報となりますので、わかる限りをお教えくださるようお願いいたします。
もしも「絵のことがなにもわからない」場合には、絵の写真を撮ることをお願いする事がございます。デジカメかスマートフォンを準備頂くことをおすすめいたします。
この浮世絵の場合は、版元の印から歌麿、多くの写楽の作品を世に出した立役者の蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう、1750-97)の企画によって出版されたものであったことが判ります。この浮世絵は歌麿が女性の人相を見て絵解き風に10種の絵を描き分けてみせるという企画であったと推察されています。写真がまだ伝来していない時代ですので、いまでいう所の週刊誌のグラビア連載のようなものとイメージ頂くのがベストかと思います。
「婦人」ということは既婚の女性を表していますね。この浮世絵に描かれた女性がもと湯女や遊女だったかどうかは、示されていません。洗いざしの濡れた髪を簪(かんざし)に巻きつけ、貝髷(ばいまげ:巻き貝を模したまげ)にまとめた浴衣姿の湯上り美人が、肩に掛けた手ぬぐいで手を拭きながら振り返ります。天保も過ぎた18世紀の江戸の銭湯ということですので、近代化に向けて男女の区分けが幕府から指導され、すでに混浴ではなかったかもしれませんね。あまり徹底はされなかったようですが、当時の銭湯は男女で時間を分けての営業をしたり寄席を催したりと、大名屋敷しか内風呂を持てなかった時代に庶民の憩いと交流の場であったことが、当時の銭湯を描いた絵巻を調べると判ってきます。
副題につけられた「浮気」という語は、1人に限らず複数の相手に惹かれやすいこと、複数の相手と関係する中で「誠実さ」という評価を得られなくなってしまうようなことや、恋愛のうちの交際や、何か一つの物事に取り組むことにおいて気が移ろいがちで多情な人や、落ち着きの少ないさまなどをあらわす言葉でしたね。歌麿ならではのうなじのほつれ毛や、両手を重ねたポーズも何らかのストーリーを見るものに想像させる、優れた作品です。