セーヴルのローズ・ポンパドール【2015年買取・新着情報】

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新着情報

セーヴルのローズ・ポンパドール

2015.12.2

 セーヴルのローズ・ポンパドール


セーヴル窯といえばピンク色のカップ&ソーサーを思い出される方も多いのではないでしょうか。今回はヨーロッパの磁器の一つであるセーヴルが磁器の世界史の流れの中でどう成立し、ローズ・ポンパドールと呼ばれるピンク色がセーヴル窯で取り入れられていった背景を取り上げたいと思います。


 
1600年代までは、ヨーロッパでは磁器の主原料となるガラス質を含んだ白い土「カオリン」が発見されず、各国では分厚い陶器やストーンウェアと呼ばれるざらっとした触感の炻器を作っていました。当時は陶磁の技術においては世界では中国・アジアが圧倒的な先進国であったため、中国やアジア地域の人々の精巧な技術に西洋の人々は深い憧れを抱きます。
王侯貴族たちは国費をふんだんに使い「海のシルクロード」と呼ばれるルートや16世紀にはオランダ・ポルトガル船を使って中国磁器を輸入していましたが、オランダの「東インド会社」が大量に中国の磁器を扱うようになる17世紀になると各国で王侯貴族たちはさらに中国磁器を求め、中国磁器の価格は高騰しました。「シノワズリ―」と呼ばれる中国文化ブームに伴い茶を飲む文化も輸入され磁器は王侯貴族の生活にとって不可欠となります。こうした経緯から脈々と続いている洋食器をいわの美術では無料で査定しております。

いわの美術も買取を行っている洋食器

フランス:セーヴル リモージュ ジアン

イタリア:リチャードジノリ

イギリス:ウェッジウッド ミントン ロイヤル・アルバート ロイヤルクラウンダービー ロイヤルウースター スポード コウルドン

デンマーク:ロイヤルコペンハーゲン

ドイツ:マイセン、KPM(ベルリン王立磁器製陶所)

オーストリア:アウガルデン(ウィーン陶器工房)

ハンガリー:ヘレンド オランダ:デルフト

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17世紀初期には、上にあげたようなヨーロッパ各地の名窯が中国磁器の模倣品、白地に青の染付のコピーを作っていました。ヘレンド「インドの華」やマイセン、ロイヤルコペンハーゲン、フッチェンロイター、カールスバードなど複数の窯が作っていた「ブルーオニオン」にみられるような西洋に元々ないオリエンタルなモチーフから着想をえたデザインの陶器を沢山産み出すと同時に、磁器の製法においても試行錯誤を繰り返していました。


ポンパドール婦人の功績~王立窯セーブル~

セーブル窯はもともとはシャンティイ窯で軟質磁器に古伊万里や柿右衛門風の絵付けをしていたデュポア兄弟がフランスの大蔵大臣オリ・ド・フルヴィに招かれパリの東の端にあるヴァンセンヌ城内の民営窯「ヴァンセンヌ窯」として1738年に始まった窯であり、それが1756年にヴェルサイユにほど近い「セーブル」という地にうつされた経緯を持ちます。
ルイ15世治政の頃、ルイ15世の「公妾」として文化の繁栄に手腕を振るったポンパドール婦人はルイ15世を説得し、1751年にヴァンセンヌの陶器製造は独占事業とされ、他の製造所での陶器製作が禁じられます。このような婦人の「取り計らい」と厚い援助から軟質磁器の工房がヴァンセンヌ王宮の一棟に創設されたことで1759年「王立セーヴル製陶所」王立窯としてのセーヴルが始まります。ルイ15世より金彩と色絵の独占使用の勅許を受けて優位な立場で王侯貴族のための贅沢な日用品を生み出し、ヨーロッパの窯の権威的な存在になりました。セーヴル磁器はフランス王室から他国への外交上の贈り物として盛んに用いられました。当時はそれまでの「ゆがんだ真珠」を意味した「バロック」様式の陰のある文化から、「ロカイユ:貝殻飾り」や画家のフラゴナールの作品が持つような柔らかみ・明るい女性らしさ・流麗な曲線模様を主として軽妙・繊細かつ典雅な魅力を持った「ロココ」様式へと移った時期でした。セーヴル窯ではブルボン王朝の好みに従い、ヴァトーやブーシェ風のロココ様式に徹していました。白磁部分を窓のように残してそこに風景画やブーケ模様を描き、縁を金彩で彩った豪華なデザインが多く見られます。1789年のフランス革命でセーヴル窯は破壊されてしまうも1824年、ナポレオン1世により「国立セーヴル製陶所」として再興しました。この時期からのセーヴルの作品には、ナポレオン好みのアンピエール(エンパイア)様式が取り入れられ、エジプトやギリシア風のダイナミックさを持つスタイルへと変化してゆきます。絵画のスタイルが陶磁器の絵付けに大きく影響しています。その後1876年にセーヌ川沿いのサン・クルー公園に隣接した広大な敷地に「国立セーヴル陶磁器製作所」が建てられセーヴルは現在に至ります。
ポンパドール婦人は独力で築き上げた人脈から、フランス王立窯としてのセーヴルを育てるために一流の化学者、画家、彫刻家、金工家を集めて磁器の開発に資力を注ぎ宮殿画家のウードリやフランソワ・ブーシェらに精力的に器の下絵を描かせていました。ローズ・ポンパドールは中国の彩陶から影響を受けて開発された染料です。ローズ・ポンパドールの調合法は国立科学アカデミーの科学者エローが握っていましたが彼が亡くなるとともに失われたという、セーブルが豪華絢爛で気品のある作品を生み出す窯へ発展していく中で発表された色の一つでした。王の青と呼ばれた「ブリュ・ド・ロワ」と並び、セーヴルといえばこの色という象徴として君臨したピンク色は少女趣味や女性らしさを打ち出すヨーロッパ調の色彩の一つとしてローズ・ポンパドールと呼ばれました。この色は日本でも広告やパッケージのデザインに用いられることが多くありますね。

馬車の色と反対色のドレスを着るなどして自らが引き立つように印象作りを徹底したポンパドール婦人がこよなく愛した、ピンク色の「ポンパドゥール・ローズ」という植物に由来したこの色は、フランス国家を称える色として発表されていますが、実はローズ・ポンパドールの食器がポンパドール夫人の生前には使用例がないことはどの程度知られているのでしょうか?当時のフランス国民からの彼女への評判はよからぬ状況にあり、文化の繁栄のためには手段を択ばない彼女のたぐいまれな「浪費」はフランス革命の間接的な要因ともなりました。
しかし「私の時代が来た」と言ってポンパドール婦人は信念を貫き、知的な社交や文化、最先端の流行発信という手段を用いてフランス国家に威光の為に奔走したことを後の歴史は認め、現代人の暮らしの中にもその美観は生き続けています。
もともと王侯貴族たちが日常で使うための食器を製造していたフランス国営のセーヴルの磁器は、現在でも1800年代と同じくロクロを回して磁器を作っており、フランス政府のオフィシャルギフトの為だけに作られる年生産数は6000個ほどと非常に少なく限られた人しか手に取れない「幻の窯」と呼ばれるほどのお品物です。絵付けと24金を用いた彩色、磨き上げと全工程が職人の手作業となっております。そのため同じシリーズであっても一点一点が少しずつ違う個性を持ち、ラグジュアリーな磁器として日本でも親しまれております。シリーズ名がなく、作品はすべて絵付け職人が手で番号を入れています。洋食器や、全く来歴の分からない骨董品でお悩みのときはな経験豊富な査定人が在籍のいわの美術へ、ぜひぜひ品物のお写真をメールくださいませ。

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