アメデオ・モディリアーニの作品を探しております。【2019年買取・新着情報】

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新着情報

アメデオ・モディリアーニの作品を探しております。

2019.11.24

 

アメデオ・モディリアーニ/Amedeo Clemente Modigliani

1884年〜1920年 イタリア出身。

主にパリを拠点に制作活動。エコール・ド・パリ(パリ派)の画家の一人に数えられる。


 ~生い立ち~


両親はともに、スペイン系ユダヤ人で、モディリアーニの父は、実業家

だったため、裕福な家系の出身であると言われていましたが、

モディリアーニが生まれた年に倒産してしまいます。


事業の失敗などもあり土地を転々としますが、

4人兄弟の末っ子に生まれた彼は、病弱だったこともあり、兄姉と比べて

温和な環境で育ちました。



1894年、高等中学校に入り、古典を学び始めたこの頃、モディリアーニは絵に興味を持ち始め、

その後、絵画教室に入り、まもなくして分派的な美術グループを立ち上げます。


しかし、幼少の頃から病弱だったモディリアーニは肋膜炎を患い、98年には腸チフス、

その後、肋膜炎が悪化して肺結核になるなど、度重なる病により学業を放棄せざるを得なくなりました。

たびたび病を患う息子を見て、母は、転地療養をさせるため、

伯父の支援を受けてイタリア南部、ナポリやカプリ島など転々と滞在します。


22歳になったころ、パリに出たモディリアーニは、

モンマルトルのコランクール街にアトリエを借りて活動を始めます。

そこでモンマルトルの画家たちと出会い、

(この頃、後の20世紀最大の芸術家と呼称されるパブロ・ピカソ達と出会っています)


回顧展などに出品をしますが、自身の作品の評価は低く、ごくごく少数の新聞に他の

作家と共に名前が掲載された程度で、作品自体も大幅に値引かないと売れない状況だったそうです。


25歳になったモディリアーニは、モンパルナスに転居し、コンスタンティン・ブランクーシ(彫刻家)

と出会い、今度は彫刻に没頭しますが、貧困のため材料である石が買えなかったこと、製作中に出る石粉で

自身の肺を痛めることから、再び絵画に専念することになります。 


現在では、人気の画家であるモディリアーニですが、

生前は自身の作品が評価されず描いた絵も売れないなどで、貧困に悩みその苦悩から重度のアルコール依存症に陥りました。


1919年、自身の結婚を機に、(正式には誓約状態だったため内縁状態。)

妻ジャンヌの肖像画も多数残されており、順調であるかのように見えましたが、

アルコール依存症などの影響で、体調が深刻な状態となり、結核性髄膜炎でわずか35歳の若さで

亡くなってしまいます。


~作 風~

風景画や、知人の肖像画なども手掛けていましたが、
モディリアーニの絵画作品は、圧倒的に女性を描いたものが多く、生涯にわたって
女性を表現し続けた画家であるとも言えるでしょう。

その表情は物悲しげな表情、目には瞳を描き込まない多面長で首が長く、
フォルムが独特な人物を描いています。


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