多才で知られた小堀遠州は多数の書き物を残しています。茶道の宗匠として、茶道具に関する文書はもちろんのこと、茶道具の箱書き付の筆者としても有名です。そのほか、政治から文学関連、友人に宛てた一般的なものも伝存し、本来武家であったことから、武士としての役目を果たすための書状も多く残っています。
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長い日本史のなかでも、小堀遠州は並外れた多芸多才ぶりを発揮した人物として知られています。
徳川家康に仕えた大名で、建築家として国宝蜜庵の席をはじめ数多くの茶室や名園を造り、城郭や寺院の建設監督も務めました。書家としては「定家様」の名筆家として有名で、歌人・香道家としても活躍しています。当時の武士の嗜みでもあった料理については天皇、将軍の献立の監督、幕府の高級官僚であった遠州のステイタスは今で例えると次官クラスにあたると言われています。
なかでも遠州のマルチタレントの最たるものは、日本茶道史六大宗匠のひとり、遠州流の祖として偉大な功績を残したという点でしょう。
これほどまで多方面で活躍し、充実した生涯を送った遠州とはどんな人物だったのでしょうか。茶人・遠州の活躍に焦点をしぼり、その軌跡をたどってみたいと思います。
遠州は、戦国末期の1579年近江国小堀村(現在の滋賀県長浜市)に生まれました。
当時の小堀家は、小堀村周辺の有力な武士として近江国浅井郡の豪族であった浅井家の下にあり、また婚姻関係を持っていました。その浅井家滅亡の後、僧籍にあった遠州の父、新介は豊臣秀吉の命により俗人に戻り、以来豊臣から徳川へと天下の情勢が移りゆく動乱のなかを生き抜くことになります。父の後を継いだ遠州自身も、秀吉・徳川家康・秀忠・家光と、4人の天下人の下に仕えることになります。
そのような乱世のなか、10歳で利休と出会い茶の湯に目覚めた遠州は、侘茶で知られる珠光流をおこなっていた父の影響もあって、15歳のころ古田織部の門下生となりました。16歳で早くも父の相伴として、大茶人で有名な松屋久政の茶会に招かれています。
その後21歳ではじめて伏見六地蔵屋敷内で茶会を催しますが、その際には備前の水指に新焼の瀬戸茶入や瀬戸黒茶碗を用い、当時の流行をとらえた若者とは思えない取り合わせで客を驚かせたと伝わっています。
この茶会を初回とし、1647年の伏見奉行屋敷の茶会にいたるまで、遠州はおよそ400回の茶会を開催し、招いた客は延べ2000人に渡りました。その客層は、将軍を始め、公家、僧侶、大名、旗本、学者、医者、商人、町人、職人、家臣や親族と幅広くゆきわたっていました。
また、必ずしも同じ客層だけで一座をもうけるのではなく、異なる身分の客を一堂に会することも少なくなかったといい、身分制度の厳しい時代にあって、多くの人々とのネットワークを持っていた遠州ならではの茶会の特徴が表れています。
茶会の性格も、将軍家茶道指南役としての立場をわきまえた茶会もあれば、親しい友人を招いての茶会、遠州が各地に指導してでき上がった中興名物をはじめとする遠州好みの茶道具を披露するための茶会など、多様であり、またそれらの茶会の性格によって招く客を変えていたと考えられています。
遠州の飛びぬけた芸術的センスは武家・町人を問わず大変な人気がありました。その人気ぶりを表す多くの逸話が残っています。
水戸中納言が遠州の茶会に来た時のこと。お点前のあと、茶杓を見せると「これは誰の作か」と尋ねられた遠州は「自作です」と答えます。「これは貰いたい」と言われ、困った遠州は何度も辞退しますが、是非にといって懐にしまわれてしまいます。さらに筒も、とねだられた遠州が渋々筒を差し出すと、書付を、とせがまれます。再度断るも、ぜひと言われた遠州は仕方なく硯箱を取り寄せて、銘を『押鳥』と書いたそうです。いうまでもなく『鴛鴦』のオシドリと『押取り』をかけた銘で、のちのちまで水戸家にあったと伝わります。
またある時は、人気絶頂の藤原定家の掛物を手に入れた加賀前田侯は遠州に見てもらおうと遠州を茶会に招待します。定家筆の古筆とあれば数寄大名であれば必ず所持していたという代物。自慢の持ち物を遠州に褒めてもらおうとの筋書きのはずなのに、遠州は定家の掛物をジッと眺めたまま無言のまま。まさか亭主から「いかがでしょう」とも聞けず、気詰まりのまま茶会は終わります。後日、前田侯の使者が遠州のもとを訪れ、くだんの定家について尋ねます。遠州答えていわく「いや自分が書いたもの、なぜ自分で褒められるものですか」それを聞いた使者は赤面してそそくさと退散したそうです。
この逸話は当時の藤原定家の書の人気を伝える逸話でもありますが、それほど見事に定家様を書いた遠州の書もまた人気で、遠州が定家様で箱書や筒書をすると、それだけで値打ちが上がった当時の様子をよく捉えた逸話です。
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