浅井忠の作品買取ます!【2015年買取・新着情報】

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新着情報

浅井忠の作品買取ます!

2015.2.8

浅井忠の作品買取ます

黒田清輝とともに日本近代洋画の父と称される画家 浅井忠。田園風景を情感豊かに描いた「風景画の巨匠」として数々の名作を世に残しました。いわの美術では、浅井忠の作品買取を致しております。

明治期の洋画家 浅井忠は、日本近代洋画の先駆者として極めて大きな功績を残した人物です。
浅井忠は、佐倉藩(現 千葉県佐倉市)の藩士 浅井常明の長男として生まれ、幼い頃より絵に興味を持っていましたが、浅井忠が12歳の時、大政奉還から明治維新へと時代が動きます。
明治政府は欧風化による近代化を目指し、日本の伝統を否定するといった時代の流れの中で、政府は外国人教師を招いて工部美術学校を創立し、そこに浅井忠が第1期生として入学したのは、20歳のころでした。そこで、イタリア人の教師フォンタネージに本格的な洋画を学びました。
フォンタネージはバルビゾン派に影響を受けた画家で、浅井忠は彼を通じてバルビゾン派の自然や人間へ共感するような眼差し、すなわち、フォンタネージがいう「自然の真実の歌声を聞く力」を体得していきました。バビルゾン派のフォンタネージの影響を受けた、浅井忠は「日本のミレー」とよばれることもあります。

フォンタネージの帰国後は、緑と茶褐色を基調に農漁村の風景を詩情豊かに描き上げるスタイルを築きます。40歳を過ぎてフランスへ留学し、約2年間の滞在中、フランスの明るい光線に刺激を受け、輝くように光に溢れた油彩画や詩情豊かな柔らかさと的確性をもつ水彩画を描きました。帰国後の晩年は京都に移り、パリで見聞きしたアール・ヌーボーの影響を受けた工芸デザインに取り組みました。
洋画家として知られる浅井忠が晩年、グラフィックデザイン、工芸デザインという未曽有の方向に取り組み、日本の近代デザインの開拓者になったことはあまり知られていません。また、同時に後進の指導にも尽力し、安井曾太郎や梅原龍三郎ら数多くの洋画家を育てるなど教育者としても貢献しました。
いわの美術では、浅井忠の作品買取をしています。浅井忠の作品買取ならいわの美術にお任せください。

 

浅井忠の作品高価買取致します

浅井忠は、ヨーロッパの農村風景や農夫を題材にした作品を多く残し、印象派の画風を日本にもたらした第一人者とされています。日本のバルビゾン派とよばれた浅井忠の代表作のひとつ「収穫」は、フォンタネージから受け継いだ日常にある美への執着を表現した傑作として、日本の洋画界に実りをもたらした偉大なる1枚と称えられています。

写真は夏目漱石の「吾輩は猫である」の挿絵のひとつ、浅井忠の作品で、号として使っていた「木魚」の印がみられます。
浅井忠と夏目漱石はフランス留学中に知り合い、夏目漱石の小説「三四郎」の中に登場する深見画伯のモデルが浅井忠ともいわれるほど、二人には浅からぬ縁があります。
浅井忠は51歳の若さでこの世を去りましたが、彼の死後、夏目漱石が知人に宛てた手紙に「浅井画伯は惜しき事致候小生いつか同君の水彩を楣間にかけ度と存居候ひしにまだたのみもせぬうちに故人となられ候(一部抜粋)」と記しています。ここには漱石が自室に掛ける水彩画を、浅井忠に描いてもらいたかったという思いが文面に表現されています。

浅井忠の作品をご売却してみませんか?詩情にじむ写実的画風を確立し、市場評価も非常に高い浅井忠は、いわの美術でも高価買取対象の作家の一人です。
長年の買取実績と確かな専門知識で、浅井忠の作品を適正に評価致します。浅井忠の作品買取に関するご質問やご不明点などございましたら、いわの美術までご連絡ください。

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