いわの美術では明治から昭和にかけて活躍した洋画家の内田巌の作品買取り致します。
明治に活躍していた評論家内田魯庵の長男として1900年に東京に生まれます。
東京美術学校に入学後、洋画家の藤島武二に弟子入りして技術を学びます。
藤島武二は明治末から昭和にかけて洋画家として活躍し、ロマン主義的な作風を多く製作していて、洋画壇では指導的な役割を果たします。
内田巌は帝国美術院展覧会に入選後、30歳から32歳にかけフランスに渡りアカデミー・ランソンで技術を学びました。
その後、猪熊弦一郎、小磯良平と日本の美術家団体の新制作協会を結成し、挙国一致体勢の推進をはかる美術界の潮流に対抗しました。
日本美術会を1946年に結成した内田巌は、初代書記長に就任し、その後日本共産党に入党、戦後にはプロレタリア画壇で先頭に立ち重役をこなしました。
また、陸軍美術協会理事長に就任していた藤田嗣治が戦争を題材にした絵を製作した事を問いただし非難した事も有名です。
いわの美術では洋画家として活躍した内田巌の作品を買取り致します。
内田巌は洋画家とは言うものの、作品には明るさがあまり感じられず、暗い印象の作品が多く製作されました。
内田巌の作品の多くが美術館などに飾られており、代表作の「歌声よ起これ(文化を守る人々)」や「ラ・ペ(平和)」は東京国立近代美術館に飾られています。
いわの美術では戦後の日本を忠実に再現した内田巌の作品を買取り致します。
その他の洋画家では、明治期の洋画家、教育者としても貢献した浅井忠や、洋画家、政治家としても活躍した黒田清輝の作品などもお買取り致します。
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