こちらのお品物『初期伊万里山水文皿』は、初期伊万里 つまり1610年~1640年代頃の作品であると推定されます。
高台内には『太明成化年製』と描かれており、この銘款は1630年~1640年代頃に多く用いられました。
中央には墨絵風に描かれた菖蒲と大きな余白バランスが生み出す叙情、そして周辺に大胆に描かれた蝶の組み合わせが美しい初期伊万里です。
焼き物の歴史は土器に始まり、やがて釉薬をかけて焼成温度を高くした陶器へと進化し、続いて中国などの大陸では更に白くて硬い磁器が作られます。
焼き物後進国であった日本にとって、磁器の自国生産は悲願でした。
朝鮮の陶工の技術を用いての磁器制作、伊万里が始まったのは1610年代です。
藍色の染料である呉須を用いた模様は中国磁器をお手本としており、底の銘の部分も模様の一つとして描かれています。
この時期の磁器は火のコントロールも甘く、焼成ムラが頻発するなど、本場中国には到底及ばない品質です。
鍋島藩内で陶器・磁器が急速に発展しましたが、1637年に鍋島藩は燃料の木を巡って山が荒れたことを理由に、日本人陶工約800人を追放、11の窯場を潰し陶器は排除、有田にある13の窯場へ統合し、磁器のみの制作となりました。
これにより鍋島藩による質の良い磁器の保護管理が始まり、重要な財源となります。
1644年には中国の明清王朝交代の影響で中国磁器の流通量が激減したことから、伊万里の需要が高まりました。
諸説ありますが、色絵がまだ出ておらず、朝鮮の製法が色濃く出ているこの頃までの作品が初期伊万里と呼ばれています。
初期伊万里では中皿と呼ばれる6寸(約18cm)前後の平皿が多く、1尺2寸5分(約38cm)の大皿や、徳利、花生け、香炉、水差しなどの茶道具も制作されています。
染付は中国のデザインを原点としているので、初期は呉須をたっぷり使いはっきりとした濃い作風です。
そして後期には次第に描写が柔和になり、あえて大きく余白を配置して活かすなどの余韻が出てきます。
初期伊万里の時代は技術が未熟であったので、発色が安定していない、生地が厚く歪みがあるなど粗雑さは否めません。
長い間評価が低かった初期伊万里でしたが、戦後の高度成長期に魅力が再認識され人気に火が付き、今では珍重されています。
『太明成化年製』は『大明成化年製』の写し間違いと言われています。
『大明成化年製』の『大明』は明の尊号、『成化』は明の第9代皇帝・成化帝の時代(1465~1487年)の元号です。
明末(~1644年)の中国磁器には古い年号が銘のように高台に書き込まれており、それをお手本として日本で描いた写し落款が『大明成化年製』です。
中国ではそれぞれの文字に深い意味が込められていますが、日本では中国風を演出する裏模様のような扱いでした。
そのため今回のお品物のように文字の写し間違いと思われる『太明成化年製』(『大』の文字が『太』となっている)も存在しています。
大明成化年製・太明成化年製は初期伊万里に限らず、幕末まで度々登場していますので、この記載があるだけでは初期伊万里とは言えません。
バリエーションも豊富で、『太明』『成化年製』『大明成』『大朋』『小明』など様々です。
また他の元号を用いた銘もあります。
大明宣徳年製 宣徳年製 |
明の第5代皇帝元号 |
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大明成化年製 太明成化年製 |
明の第9代皇帝元号 |
大明嘉靖年製 | 明の第12代皇帝元号 |
大明万暦年製 | 明の第14代皇帝元号 |
大清乾隆年製 | 清の第6代皇帝元号 |
道光年製 | 清の第9代皇帝元号 |
大清光緒年製 | 清の第13代皇帝元号 |
承応弐歳 承応貮歳 |
和年号・承応2年(1653) 初めての和年号 |
延宝年製 | 和年号・延宝年間(1673~1681) |
天保年製 | 西暦500年代の北斉や後梁の元号 江戸後期 外国人向けのお土産が中心 |
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初期伊万里の作品は、1970年代に脚光を浴びるまでは全く注目されず、価値の高い中国の磁器の模造品としてぞんざいな扱いをされていました。
現代でも初期伊万里は染付の素朴な作品が多いので、他の伊万里の色絵や金襴手に比べると派手さに欠け、高価であると認識されない方も少なくありません。
非常に価値がある一方で、残念ながら近代に制作された複製品も多く流通しています。
初期伊万里そのものが中国の模作であり、それを更に現代において当時物のように模作ということです。
お品物によっては、本場中国の物か、それを模作した伊万里か、または値段が付かない近代の複製品か、という可能性を秘めていることになります。
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