宇田荻邨は京都に残された四季折々の日本の美を、爽やかに情趣豊かに描きました。
大和絵などの古典的な画法にこだわり、伝統に固執した貴重な日本画家です。
宇田 荻邨 | うだ てきそん |
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本名: 善次郎 | |
1896年~1980年 | |
日本画家 | |
受章 | 勲三等瑞宝章(1967) |
三重県松阪市生まれの宇田荻邨は、高等科を卒業する頃には絵の才能が見いだされ、商人にするつもりであった両親を学校長や教諭などが説得する形で絵の道に進むことになります。
17歳の時に京都に出て、日本画界の大家でありながら祖父のように優しかった菊地芳文の門下に入りました。
翌年には師匠の菊地芳文が講師の一人でもあった京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)に入学し、技術と交流を深めます。
卒業の翌年に師匠の菊地芳文が亡くなり、宇田荻邨は師匠の養嗣子であった菊池契月を師とし、今度は非常に厳しく鍛えられていきました。
その結果、帝展で入賞や特選を重ね、日本画界の地位を築いた宇田荻邨でしたが、時代は軍国主義へと傾いて行きます。
師匠の菊池契月など地位や名声のある大家が軍部に協力するようになり、志気高揚に貢献するような絵を描く中、宇田荻邨は軍国主義体制の束縛に苦しんだそうです。
戦後にようやく表現の自由を取り戻した宇田荻邨は、京都をくまなく散策し、古典的で格調高く清々しい京都を描き、多数の名作を残しました。
師匠達の影響で宇田荻邨は京都の四条派であり、自然を素直に写実的にくみとり、それに加えて情緒と優美さを適度に融合させた一派です。
時代が新しい芸術を追い求める中、宇田荻邨は大和絵や琳派などの古典画へ没頭していき、日本の伝統美を貫きました。
晩年は大和絵の特徴的な色である緑青・群青・朱をより純化し、大和絵的でありながら独特の清麗で気品のある美しさが魅力の作品を制作しています。
宇田荻邨は絵画や掛け軸などの日本画の他、リトグラフも制作していますが、やはり肉筆の日本画のほうが買取価格は期待できます。
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