海外の印象派の芸術家に大きな影響を与えた浮世絵。浮世絵は江戸の文化を象徴する日本独自の芸術ですが、浮世絵春画(枕絵)には浮世絵の中でも特に高い技術が用いられていることをご存じでしょうか。
江戸で流行した性風俗画である浮世絵春画は、菱川師宣や葛飾北斎、喜多川歌麿などの浮世絵を代表する絵師たちによって描かれています。
今回は、浮世絵春画の歴史と絵師による特徴についてご紹介します。
春画は中国から伝わり、平安時代には日本に存在していたといわれています。「古今著聞集」の中には、国宝「鳥獣戯画」を描いたとされる鳥羽僧正が侍法師と春画について議論する話がありました。
室町時代から戦国時代に絵師として活躍した土佐光信と、光信の娘の夫で狩野派の狩野元信も春画を残しています。
・鳥羽僧正「陽物くらべ」
日本仏教界重鎮で国宝「鳥獣戯画」を描いたとされる高僧です。漫画の祖ともいわれることもあるほどユーモラスで笑いのセンスに長け、深い批判精神をもつ作品を描いています。「陽物くらべ」の陽物は、男性器を指します。
・藤原孝信「春画小巻」「小柴垣草紙」
肖像画の名手で絵師として有名でしたが、歌人や政治家としても有能な人物でした。「小柴垣草紙」は日本の古春画における最高傑作といわれています。
江戸時代に井原西鶴の「好色一代男」などの好色本が大流行したことにより、春画の需要は拡大しました。その浮世絵春画の第一人者が菱川師宣です。
浮世絵の祖と呼ばれる菱川師宣は、本の挿絵にすぎなかった浮世絵に高い芸術性をもたらしました。師宣は最初に御用絵師の下で絵を学び、その後独自の様式を生み出します。新興の町人を顧客につけた師宣は絵師としての地位を確立し、世界的に有名な「見返り美人図」を描きました。
このような大作を描いた師宣ですが、多くの春画も描いています。本の文章を補うための挿絵だけではなく、絵のみで構成される春画も残しています。
師宣による春画の代表作は「小むらさき」です
師宣の他にも葛飾北斎、喜多川歌麿、歌川国芳、富岡永洗など、数多くの絵師が春画を描きました。
葛飾北斎は「富嶽三十六景」を描き、ゴッホやマネに影響を与えました。世界的に有名な浮世絵師である彼は、浮世絵春画も残しています。
艶本「喜能会之故真通」の中には、海女が蛸と絡んでいる「蛸と海女」や、幼馴染の女性二人の奔放な性を描いた「萬福和合神」があります。
葛飾北斎と並んで世界的な名声を持つ絵師です。美人画の大家で、絵のモデルとなった美女の名前が江戸中に広まってしまうほどでした。
歌川国芳は確かな画力と高い創造性を持ち、浮世絵の枠にとらわれない作品で人気を博しました。作品のジャンルは役者絵、武者絵、美人画、名所絵(風景画)、戯画、春画と幅広く、当時の権力者を風刺する作品も残しています。
明治時代の浮世絵師である富岡永洗は、鮮やかな美人画で有名です。喜多川歌麿以来の逸材といわれ、永洗が新聞の挿絵を描くと売り上げが上がるほどの評判でした。
高僧も含め、多くの巨匠たちが春画を描いてきました。性教育や性文化の追及か、それとも社会風刺や宗教的意味合いなのか、春画が描かれた理由は不明です。しかし、春画は日本の文化を伝える芸術であることに間違いはありません。
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