鱗文様は「入れ替わり文様」といい、規則ただしく大きさと形が同じ図案をまっすぐ並べて交互に入れ替わる文様の一種です。鱗文様は「入れ替わり文様」を代表する文様であり、正三角形あるいは二等辺三角形を上下左右に連続して配置した図案です。
例えば地がえんじ色、文様の色は金という形で三角の連なりが浮かび上がる布地などとして出現し、この様子が魚や龍、蛇の鱗に似ていることから鱗文と呼ばれるようになりました。鱗文は古墳の壁面にも施されており、大変長い歴史を感じさせます。また正三角形を三つ並べた緒方氏の鮫紋という家紋や、三角形の高さを低く、二等辺三角形に変形させた北条氏の鱗紋の家紋は、蛇に関する伝承から用いられたものであるとされております。
三角形の単位を並列させた鋸歯文、ななめに並べた階段文も幾何学文様としては広くみられます。三角形の鱗文はトルキスタン、アナウ遺跡出土の彩色陶土、日本 の古墳壁画にも見られるほど始まりが古く、世界中に分布しております。半円形を魚鱗状に重ねる鱗文も、ギリシア・ローマ・西アジアで多くみられます。
日本では弥生時代中期頃の土器にすでに見られます。「鋸歯文(きょしもん)」とも呼ばれるこの 文様は特に死者を悪霊から守り、近親者を守護する願いを込めて埋葬品などに使われてきた、といいます。
呪術的効果を持つとされる鏡にも鱗文は使われました。 幽霊画などを見ると判りますように、死者が額につけた白布の三角形も鱗文と深い関係があります。死者を送り出す際、悪霊退散の祈りを込めて三角の紙冠をつけて弔らったのがルーツです。これは近世に入り「鱗文(りんもん)」と呼ばれ、厄よけの文様として使われるようになりました。かつては女性の心の内には鬼が住むと信じられていたため、鬼を戒めるために鱗文の地紋を用いたり、色とりどりの配色の三角形を組み合わせデザインした小紋染めの取り合わせなどが流行したといいます。
鱗文は竜蛇信仰とも結び付き、海難徐けに竜蛇の刺青をして守護を願ったと言われています。日本では死者の霊は蛇の姿で現れると信じられていました。竜は蛇の大きくなったもので、その鱗は強い呪術性を持つものとされてきました。『京鹿子娘道成寺』の劇中で着用されている鱗文の衣装は、蛇の体となった女の本性や魔性を示す特別な文様として、また死者の霊を現すためにも使われていると考えられましょう。歌舞伎舞踊の大曲は芸能が神事に連なっていた頃の名残りをまだその文様のなかに色濃く宿しています。